【神経科学トピックス】出生によるセロトニンを介した感覚系神経回路の形成開始制御

出生によるセロトニンを介した感覚系神経回路の形成開始制御

戸田智久
金沢大学医薬保健研究域 脳・肝インターフェースメディシン研究センター
東京大学医学部附属病院

 精緻な脳神経回路の形成メカニズムの理解には2つの制御メカニズム、即ち空間的制御メカニズムと時間的制御メカニズムの両者の理解が重要です。脳神経回路形成の解析モデルとして、マウス大脳皮質一次体性感覚野に存在するバレル構築がよく用いられています。従来の研究から空間的なバレル構築の形成に重要な遺伝子としてNMDA受容体やMAOAなどが報告されてきましたが、バレル形成の時間的制御メカニズムはあまり分かっていませんでした。即ちバレルは出生後まもなく形成されますが、その開始制御メカニズムは不明でした。本研究において我々は、出生自体がバレル形成開始のスイッチであることを見出しました。また出生時期は、同じく出生直後に見られるヒゲ傷害バレル可塑性の臨界期終了時期や、視床VPM核バレロイドの形成時期には影響しないことも見出しました。これらの結果などから、出生はバレル形成開始を選択的に制御していることが示唆されました。
 続いて、出生とバレル形成開始とをつなぐ分子メカニズムを解析し、セロトニンがその鍵であることを見出しました。過去の報告から、非常に高濃度なセロトニンがバレル形成を阻害することは分かっていましたが、バレル形成におけるセロトニンの生理的役割は不明でした。我々は、出生後に脳内の細胞外セロトニン濃度が著しく低下すること、さらに早産で生まれたマウスでは細胞外セロトニン濃度低下が早く生じることを見出し、細胞外セロトニン濃度低下が出生に制御されていることが示唆されました。さらに、早産で生まれたマウスのセロトニン濃度低下を人為的に阻害すると早期バレル形成が抑制されること、正期産マウスにおいて人為的にセロトニン濃度を早く低下させるとバレル形成が促進されることを見出しました。これら一連の結果から、出生による細胞外セロトニン濃度低下がバレル形成開始に必要かつ十分であることが示唆されました。また、出生からセロトニン濃度低下にいたるシグナルが、体性感覚系以外の神経回路形成も制御するか検討した結果、視覚系の眼特異的軸索分離も制御していることを見出し、出生により様々な神経回路形成が制御されている可能性が示唆されました。
 本研究により神経回路形成の時期制御メカニズムの一端が明らかになりました。また、出生は哺乳類の生涯において最も劇的な環境変化ですが、脳発達に果たす生理的役割はあまり分かっていませんでした。本研究により出生が神経回路形成を制御していることが示唆されました。ヒトにおいて、著しい早産やセロトニンシグナルの異常は精神疾患や発達障害との関わりが深いことが知られています。本研究の成果が今後、早産に起因する発達障害の発症機序解明に繋がることを期待したいと思います。

Birth regulates the initiation of sensory map formation through serotonin signaling
Tomohisa Toda, Daigo Homma, Hirofumi Tokuoka, Itaru Hayakawa, Yukihiko Sugimoto, Hiroshi Ichinose and Hiroshi Kawasaki
Developmental Cell, 27, 32-46 (2013)

Tomohisa Toda
[研究者の声]
 大学院時代の偶然の現象発見から論文にするまでには、当初の予想以上の時間と労力がかかりましたが、自分のふとした観察結果が面白い発見につながるという科学の醍醐味を味わうことができました。研究の過程では多くの共同研究者・ラボメンバーに支えて頂き、特に何度も心が折れそうになった私を激励し続けて下さいました河崎洋志先生には心から感謝しております。これからも、ひょっとしたらという観察眼(妄想?)を大事に、科学を楽しんでいきたいと思っています。

略歴:
2005年 名古屋大学理学部生命理学科卒業。 2011年 東京大学大学院医学系研究科博士課程修了、医学博士。東京大学医学部附属病院・特任研究員を経て、2012年より日本学術振興会特別研究員。

出生からセロトニン濃度低下を介した神経回路形成の開始制御
図の説明
出生からセロトニン濃度低下を介した神経回路形成の開始制御
(A)正期産マウスと早産マウスのバレル形成過程
出生後に脳内の細胞外セロトニン濃度が低下しバレル形成が開始される。早産で生まれたマウスでは正期産で生まれたマウスより早い時期に細胞外セロトニン濃度が低下することで、早くバレル形成が開始される。

(B)出生からセロトニンを介した様々な神経回路形成の制御
出生はセロトニン濃度低下を介して、体性感覚系のバレル形成だけでなく、視覚系の眼特異的軸索分離も制御することから、他の神経回路の形成過程も制御している可能性がある。