革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト

新しい脳の大型研究計画「革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト」について

東京大学大学院医学系研究科 岡部繁男
  (革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト プログラムディレクター)
玉川大学脳科学研究所 松田哲也
  (革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト プログラムオフィサー)

昨年の春以降、神経回路の構造と機能の大規模解析を中心とする脳の大型研究構想が進んで来ました。この研究構想が生まれた背景には欧米で具体化が進みつつある脳の大型研究計画があります。EUの選定する重点科学プロジェクト(フラグシッププログラム)として昨年 1 月に Human Brain Project (HBU)がグラフェンプロジェクトと同時に採択され、10 年間で約 1500 億円が投じられる予定です。またアメリカでも昨年の 2 月にオバマ大統領が議会演説を行い、脳科学を「次世代の宇宙開発競争」と表現し、米国の科学技術分野での優位性を保つために優先的に投資すべき対象だと宣言しました。その演説を受けてアメリカでは The Brain Research through Advancing Innovative Neurotechnologies (BRAIN) Initiative と呼ばれる研究構想が現在具体化されつつあります。NIH, NSF(アメリカ国立科学財団), DARPA(国防高等研究計画局)などの政府機関と民間機関が投資し、年間 100 億円の予算が投入される予定です。
このような国外の動向も踏まえ、我が国の強みを生かした脳科学研究を戦略的に推進するため、日本独自の大型脳研究についての検討が昨年の 4 月文部科学省の脳科学委員会を中心に開始されました。それ以前にも日本学術会議でのマスタープランの策定に関連して、日本脳科学関連学会連合において大型研究についての検討が行われていました。その構想は昨年 3 月に「こころの健康社会を創る多次元ブレインプロジェクト」としてとりまとめられています。脳科学委員会の作業部会での検討では、この学会連合による研究計画も参考にしつつ、「革新的な技術の開発」「マーモセット等の霊長類脳の回路データの蓄積」「得られたデータの臨床脳科学研究への活用」といった観点を踏まえて計画の立案を進めていく、という結論に達しました。このような脳科学委員会による検討を経て、この研究構想は平成 26 年度予算として措置され、「革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト(革新脳)」として具体的な研究計画が実現しつつあります。
本年3月には革新脳の中核として業務を担う機関が採択され、理化学研究所がその任に当たること、また代表研究者(プロジェクトリーダー)として脳科学総合研究センターの岡野栄之先生、宮脇敦史先生のお二人が担当されることが決まっています。マーモセットを
利用した脳研究と蛍光蛋白質の研究において世界のトップランナーであるお二人のリーダーシップが大いに期待されます。また、理化学研究所以外の参画機関や、臨床研究の部分を担当するグループ、さらに革新脳の目標達成を補完・加速させる技術開発個別課題についての選考も現在行われています。中核機関である理研ではマーモセットの脳の構造的・機能的結合の全容をデータとして蓄積し、研究者が使いやすい形でデータベースとして提供します。このデータベースは脳のマクロ構造の上に、構造 MRI、拡散強調画像や蛍光トレーサー等で得られる神経回路のデータ、機能 MRI やカルシウムイメージングによって得られる機能的な神経結合のデータ、更に遺伝子発現マップや電子顕微鏡によるミクロコネ
クトームのデータなど、多階層のデータを統合したものとなる予定です。このような霊長類の回路データを基盤として、精神・神経疾患において障害を受ける脳部位や神経回路のデータを臨床研究グループが取得し、ヒトとモデル動物で共通に利用できる脳機能指標を確立することを目指します。その際にはマーモセットなどの霊長類での遺伝子操作技術の活用、疾患モデル霊長類の作成が重要な課題になります。更に現在の技術レベルを超えるような全く新しい脳のイメージング・機能測定技術、機能操作技術、さらにモデル化・データ解析技術を個別課題として取り入れることで、現在の技術レベルに縛られない、長期的な研究の推進を目指します。
革新脳の成功は中核機関の努力のみでは不可能であり、オールジャパンの研究リソースの活用が必須です。また、国内におけるマーモセットを対象とした研究をより普及させるためには、研究環境の整備、実験技術の習得のための支援活動などを早急に実現する必要があります。また積み上げられる回路データが多くの研究者に利用され、特に臨床研究においても活用されるためには、基礎脳科学と情報科学、臨床脳科学の研究者同士の緊密な連携・協力を継続する必要があります。立ち上げの段階にある革新脳ですが、日本発のユニークな研究として発展するために、皆様の温かいご支援を願っております。

参考資料
・科学技術・学術審議会 脳科学委員会(第22回)資料3:作業部会報告書
 http://www.lifescience.mext.go.jp/files/pdf/n1208_03.pdf
・科学技術・学術審議会 脳科学委員会(第24回)資料4:中核機関の計画
 http://www.lifescience.mext.go.jp/files/pdf/n1332_07.pdf