【神経科学トピックス】
心理ストレスによる交感神経反応を駆動する脳の神経路

【神経科学トピックス】

心理ストレスによる交感神経反応を駆動する脳の神経路

京都大学 生命科学系キャリアパス形成ユニット
特定研究員 片岡 直也


 心理ストレスが原因で生じる体温上昇や血圧の変化といった生理反応は、哺乳類において幅広く観察され、現代社会においては、人間関係などの恒常的な心理ストレスが、心因性発熱などのストレス疾患を引き起こしています。こうしたストレス性の自律生理反応が生じる仕組みは脳にありますが、その詳細な神経回路メカニズムは不明です。私達は、ラットを攻撃的な個体と同じケージに入れることで社会的敗北ストレスを与え、ストレス性体温上昇を駆動する神経回路メカニズムの解析を行いました。このストレスは、人間関係ストレスに近い動物のストレスモデルとして用いられています。
 社会的敗北ストレスを受けたラットでは褐色脂肪組織で熱が産生され、深部体温が上昇することがわかりました。私達の研究グループは以前に、褐色脂肪熱産生の調節に関わる延髄縫線核の交感神経プレモーターニューロンが、ストレスで活性化されることを報告しています。今回、延髄縫線核へグルタミン酸受容体の拮抗薬を注入し、上流からの興奮性入力を遮断すると、ストレス性の褐色脂肪熱産生と体温上昇反応が、消失することがわかりました(図1)。さらに、組織化学的解析から延髄縫線核へ直接の神経入力を行うニューロン群が、視床下部の背内側部に分布し、ストレスによって活性化することを見出しました。このニューロン群の活動を神経抑制薬で抑えると、ストレス性の褐色脂肪熱産生と体温上昇反応が消失したことから、ストレスシグナルは視床下部背内側部から延髄縫線核へ伝達されることが示唆されました。そこで、この神経伝達を直接、特異的に刺激することで生理反応が惹起できるか検証しました。光感受性チャネルであるChIEF(ChR1とChR2のキメラ変異体)を視床下部背内側部のニューロンに発現させ、このニューロンの軸索を光照射により活性化したところ、ストレス反応に似た褐色脂肪熱産生、血圧、脈拍の上昇が観察されました(図2)。
 私達の実験結果は、ストレスシグナルが、視床下部背内側部から延髄縫線核へのグルタミン酸作動性神経伝達を通じて交感神経系を活性化し、体温や脈拍・血圧を上昇させるというメカニズムを提示しています。心理ストレスは心因性発熱だけでなく、高血圧や肥満など様々なストレス疾患の原因となります。今後、神経活動の光操作技術を活用し、脳内でストレスシグナルが生み出される仕組みを解明することで、ストレス疾患の発症機序の解明とその克服につなげたいと考えています。

Kataoka N., Hioki H., Kaneko T. and Nakamura K. Psychological stress activates a dorsomedial hypothalamus–medullary raphe circuit driving brown adipose tissue thermogenesis and hyperthermia. Cell Metabolism, 20, 2, 346-358 (2014).

<図の説明>
図1
ラットに社会的敗北ストレスを与えると、褐色脂肪組織の温度が上昇し、深部体温も上昇する。ストレスを与える5分前に、延髄縫線核へグルタミン酸受容体の拮抗薬(AP5/CNQX)を注入することで、このストレス反応は消失した。

図2
視床下部背内側部から延髄縫線核への投射ニューロンをChIEFにより特異的に光刺激することで、褐色脂肪組織の交感神経活動ならびに温度の上昇、血圧・脈拍の上昇といったストレス反応に似た生理反応が生じたことから、この神経連絡がストレス信号を交感神経へ伝達する重要な神経伝達経路だとわかった。

<研究者の声>
 今回、ストレス性体温上昇の神経回路の一端を明らかにし、また、オプトジェネティクスを用いて褐色脂肪組織の熱産生反応や代謝の上昇を惹起させることに世界で初めて成功しました。限られた時間の中でデータをまとめていく作業は困難を極めましたが、中村和弘准教授の我慢強いご指導や、共同研究者の先生方の支えによって今回の成果報告に至りました。心より感謝申し上げます。

<略歴>
2009年鳥取大学連合農学研究科博士課程修了、博士(農学)。同年より中部大学ヘルスサイエンスヒルズ研究員。2011年より、京都大学生命科学系キャリアパス形成ユニット特定研究員。