【神経科学トピックス】
長期記憶形成におけるCREB補助因子の脳領域特異的役割

【神経科学トピックス】
長期記憶形成におけるCREB補助因子の脳領域特異的役割

エディンバラ大学
認知・神経システムセンター
リサーチフェロー 野中 美応

 長期記憶の形成には遺伝子発現が必要であり、CREBという転写因子がこの過程で重要な役割を担っていることはよく知られています。CREBの活性化メカニズムは、133番目のセリンのリン酸化によるCBP(CREB結合タンパク質)や転写開始複合体との結合とされてきましたが、CREBのDNA結合ドメインの寄与もあると言われてきました。そして近年、CREBのDNA結合ドメインに結合する、CRTCという新規の転写補助因子が同定されました。

 かねてより私は、CREBという普遍的に発現する転写因子が、どのようにして発現部位や発生段階に応じて多様な役割を演じ分けるのかに興味を持っており、その制御に何らかの因子が必要だと考えていました(Nonaka, J Neurosci, 2009)。この転写補助因子がその機能特異性の発揮に関わるのではないかと考え、神経系に主に発現するCRTC1の制御と機能を調べました。

 まず、CRTC1の核移行にかかわる上流のシグナルを同定し、質量分析でCRTC1のリン酸化部位を同定しました。そのリン酸化部位のうち、2箇所のセリン残基が神経活動に依存して脱リン酸化されることを明らかにしました(図A,B)。CREBの活性化はCREBのSer133のリン酸化がスイッチであるとされてきましたが、脱リン酸化されたCRTC1の核移行がそれだけでCREB依存的転写活性を誘導でき、CREB Ser133のリン酸化を介さないことが分かりました。さらに、CRTC1がc-fos, Arc, BDNF等の最初期遺伝子のプロモーター領域に結合することと、CRTC1がCREBに特異的な転写補助因子であることを証明しました(図C)。

 次に、CRTC1の動物個体内での働きを調べました。海馬と扁桃体がともに必要とされる、文脈依存的恐怖条件付けの長期記憶学習課題において、扁桃体では学習に応じたCRTC1の活性化(核局在亢進)が見られましたが、海馬では見られませんでした。これと合致して、扁桃体においてCRTC1をノックダウンすると記憶の低下が見られたのに対し、海馬でのノックダウンでは変化しませんでした(図D)。以上より、CRTC1の脳領域特異的な動態と機能が明らかになり、CRTC1の作用によってCREBが脳領域に特異的な遺伝子調節を行っていることが示唆されました (Nonaka et al., Neurobiol Learn Mem, 2014)。今後、各脳領域の遺伝子発現プロファイルが調べられ、それらを制御する転写因子・転写補助因子の組み合わせが解明されれば、脳の各領域で長期記憶を形成するメカニズムの違いについて理解が深まり、ひいては、症状により特異的な認知亢進薬の開発につながることが期待されます。

Region-Specific Activation of CRTC1-CREB Signaling Mediates Long-Term Fear Memory.
Nonaka M, Kim R, Fukushima H, Sasaki K, Suzuki K, Okamura M, Ishii Y, Kawashima T, Kamijo S, Takemoto-Kimura S, Okuno H, Kida S, Bito H.
Neuron, 84(1), 92–106, 2014

<図の説明>
.初代神経培養細胞におけるCRTC1の局在。神経活動によりCRTC1は核移行する。スケールバーは10 µm。.神経細胞におけるCRTC1の活性化を規定する脱リン酸化部位の決定。質量分析にて同定された11箇所のリン酸化部位のうち、神経刺激に応じて脱リン酸化される部位を2箇所同定した(稲妻で示した部位)。.先行研究と本研究で明らかになったCRTC1を含むCREB の活性化シグナル経路。MARK2などの恒常的に活性のあるキナーゼがCRTC1をリン酸化して細胞質局在を保つが、シナプス刺激によりカルシニューリン依存的な脱リン酸化が生じることによりCRTC1は核へ移行する。これはCREBの133番目のSerリン酸化とは独立した経路であるが、2つの経路が複合的に働くことで、CREB 活性を制御する。また、刺激を誘導した神経細胞においてCRTC1はArc, c-fos, BDNFといった最初期遺伝子のプロモーター領域に結合する。.マウス個体内でCRTC1が核移行する条件を調べたところ、文脈依存的恐怖条件付けによって、CRTC1の核移行は扁桃体では見られたが、海馬では見られなかった。これらの領域でCRTC1の発現抑制を行ったところ、扁桃体で記憶の低下が見られ、海馬では影響が見られなかった。一方、海馬にCRTC1の核局在型(恒常活性型)を発現すると記憶の向上が見られた。右に、GFP発現マーカーによるウイルスの感染状況の例を示している。左パネルは核染色。スケールバーは200 µm(海馬), 500 µm(扁桃体)。

<研究者の声>
記憶のメカニズムを分子レベルから個体レベルまで縦断的に理解したいと思い、遺伝子発現の切り口から本研究を始めました。CRTCに関しては、2003年の同定以来、既に国内外で数多くの文献が発表されており、参考にさせていただきました。初代神経培養細胞を用いた生化学で収量との戦いという困難に直面しましたが、国立循環器病センター研究所、佐々木一樹先生のご尽力でリン酸化部位の同定に成功しました。分子レベルから動物個体に跳躍する過程では、尾藤研究室を挙げて高力価ウイルスの産生・精製法を確立したこと、ならびに、トロント大学、Sheena Josselyn博士などから脳内注入法を学んだことで、遺伝子改変動物の作成を経ることなく脳領域特異的な遺伝子改変を行うことができました。行動実験の成果はひとえに東京農業大学、喜田聡教授との共同研究の賜物です。最初から最後まで支えて下さった尾藤晴彦教授を初めとし、多くの方々からのご支援とご協力に、この場を借りて感謝の意を表したいと思います。

<略歴>
2007年 京都大学大学院理学研究科修了、博士(理学)取得、2007-2012年東京大学大学院医学系研究科(日本学術振興会PD、後、特任助教).2012-2014年,日本学術振興会海外特別研究員としてエディンバラ大学、Centre for Cognitive and Neural Systemsへ.現在、同、リサーチフェロー.
第1回(2006年)ロレアル-ユネスコ女性科学者 日本奨励賞受賞.