【神経科学トピックス】
運動学習をささえる小脳神経回路の新しい改変・維持メカニズム

【神経科学トピックス】
運動学習をささえる小脳神経回路の新しい改変・維持メカニズム

慶應義塾大学医学部生理学教室
専任講師  掛川 渉    

 脳内に存在する神経細胞は、「シナプス」を介して互いに結合し、脳特有の神経回路を構築することで機能します。生後間もない神経細胞は、過剰なシナプスを形成し多くの細胞と結合しますが、成長に伴って必要な神経回路は強化され、また、不必要なシナプスは除去されていきます。この過程は「シナプス刈り込み」と呼ばれ、記憶や学習を担う神経回路を構築するために必須な事象であると考えられています。

 小脳神経回路の要衝を担う登上線維 (延髄下オリーブ核細胞軸索)-プルキンエ細胞間シナプス (以下、登上線維シナプス) は、中枢シナプスの刈り込み過程を理解する上で最適なモデル系として注目されています。生後直後のプルキンエ細胞は複数本の登上線維によって支配されていますが、成長に伴って登上線維間に強弱が生じ、弱い登上線維シナプスは刈り込まれ、最終的に1本の強い登上線維シナプスが勝ち残ります。これまで、この刈り込み過程に関わる数多くの分子が同定され、それら分子のノックアウト(KO)マウスではシナプス刈り込み異常に加え、シナプス可塑性や運動学習の障害を呈すことが報告されています。しかし、登上線維シナプスにおける刈り込み過程がどのような分子メカニズムを介して起こるかについては、依然として未解明な点が多く残されています。

 今回著者らは、下オリーブ核細胞に選択的に発現する新規免疫関連分子のC1q様分子1 (C1q-like protein 1; C1ql1) が、登上線維シナプスの刈り込み過程とその機能に重要な役割を果たしていることを明らかにしました (Kakegawa et al., Neuron 85: 316-329, 2015)。C1ql1遺伝子を欠くC1ql1-KOマウスでは、プルキンエ細胞に投射する複数本の登上線維間で強弱が生じるものの、その後、強い登上線維が強化されず、また、他の弱い登上線維シナプスの刈り込みが著しく障害されていました。また、登上線維から供給されたC1ql1は、プルキンエ細胞に存在する細胞接着型Gタンパク質共役型受容体のBAI3 (brain-specific angiogenesis inhibitor 3) に選択的に結合することも分かりました。興味深いことに、C1ql1-BAI3結合を阻害すると、シナプス刈り込みが障害されるとともに、運動学習の分子基盤と考えられている平行線維-プルキンエ細胞間シナプスでの長期抑圧現象が起こらず、小脳依存性運動学習の障害も認められました。さらに、成熟した野生型マウスにおいてC1ql1を急性除去すると、登上線維シナプスが激減することも明らかになりました (図参照)。

 以上の結果から、C1ql1-BAI3結合は、生後発達時に特定の登上線維を選択的に強化・除去するために必須であるのに加え、成熟後においても神経回路を維持し、運動学習を制御するために重要な役割を果たすことが示唆されました。C1ql1やBAI3に類似のタンパク質は、小脳だけでなくあらゆる脳部位に広く分布しています。したがって、今回見出された新規C1ql1-BAI3シグナリングを追究することにより、中枢シナプスで観察される刈り込み機構の共通原理の理解に大きく寄与できるかもしれません。

Anterograde c1ql1 signaling is required in order to determine and maintain a single-winner climbing fiber in the mouse cerebellum.

Kakegawa W, Mitakidis N, Miura E, Abe M, Matsuda K, Takeo YH, Kohda K, Motohashi J, Takahashi A, Nagao S, Muramatsu S, Watanabe M, Sakimura K, Aricescu AR, Yuzaki M.
Neuron. 2015 Jan 21;85(2):316-29.

図の説明:
野生型マウス(上段)とC1ql1-KOあるいはBAI3-KOマウス(下段)における登上線維シナプス回路の生後発達変化。KOマウスの場合、プルキンエ細胞に投射する複数本の登上線維間で強弱 (機能分化) が生じるものの、その後、強い線維はより一層、強化されない。そのため、他の弱い登上線維の刈り込みが損なわれ、結果として、シナプス機能および運動記憶・学習に障害を生じてしまう。また、成熟野生型マウスのC1q1lを急性除去すると、いったん形成された登上線維シナプスが外れ、KOマウスと同様に、シナプス機能が障害された。

<研究者の声>
 今回の論文では、私の専門分野である電気生理学に加え、マウス遺伝学・形態学・行動学、さらには、構造生物学など、多角的なアプローチによって成果を得ています。この仕事を通じて多くの先生方と交流を深められたことは、私にとって大きな財産になりました。また、(毎回のことですが、)論文アクセプトまで、いろいろと苦労しましたが、そのお陰で(?)、柚﨑先生をはじめ諸先生方との深いdiscussionを楽しませて頂きました。本研究にご尽力下さった先生方に改めて感謝申し上げます。

<略歴>
2003年 群馬大学医学部生理学教室 (小澤瀞司研究室) 博士課程修了、博士 (医学)。その後、日本学術振興会特別研究員,米国St. Jude Children’s Research Hospital 博士研究員,2004年 慶應義塾大学医学部生理学教室 (柚﨑通介研究室) 助手,2007年 同 助教を経て、2011年より 同 専任講師。