【神経科学トピックス】
一夜漬けより毎日コツコツと:小脳における記憶の定着過程の理論モデル

【神経科学トピックス】

一夜漬けより毎日コツコツと:小脳における記憶の定着過程の理論モデル

電気通信大学 大学院 情報理工学研究科
情報・通信工学専攻        
助教  山﨑 匡

毎日コツコツ勉強して覚えた内容は、一夜漬けで覚えた内容に比べて、良く頭の中に残ります。「分散効果」として知られるこの現象は、運動学習においても起こることが発見されており、同じ1時間をトレーニングに費やすとしても、1日で1時間トレーニングするよりも毎日15分4日間にわけてトレーニングした方が、より記憶として定着することが報告されています。また記憶の定着はトレーニング中ではなく、主にトレーニング後に起こることも報告されています。つまり、トレーニングを終えて休息している間にも、脳は記憶を定着させるために働き続けているのです。しかし、この記憶の定着過程において脳の中で何が起こっているのかは、未だよくわかっていません。

本研究では、運動の中でも最も簡単な神経回路で生じる目の反射運動に着目し、視機性眼球運動 (OKR) の適応とよばれる運動学習について、運動記憶がどのように形成され定着するのかを理論的に検討しました。OKRとは目に映っている像が動くとそれと同じ方向に目が追従して像のぶれを抑える反射運動で、トレーニングをすることで目の動きが大きくなり、より良く追従できるように適応することが知られています。またOKRの適応には小脳が重要な役割を担っています。私たちは小脳の神経回路の数理モデルを構築し (図 A)、コンピュータシミュレーションを行いました。その結果、トレーニングを1時間行うと小脳皮質の平行線雄-プルキンエ細胞間シナプスで長期抑圧 (LTD) が起こり、目がより大きく動くようになりますが、トレーニング後はもとの大きさまで戻ってしまいました。しかし、トレーニング後にもかかわらず、小脳皮質の出力先である小脳核で、苔状線維シナプスに長期増強 (LTP) が起こり、トレーニングを繰り返すことで目の動きは毎日少しずつよくなることがわかりました (図 B)。また、分散効果や様々な薬物を用いた実験の結果も再現でき、さらにはこれまで説明がつかなかった遺伝子改変動物における運動学習の異常についても、うまく説明することができました。

Modeling memory consolidation during post-training periods in cerebellovestibular learning. Tadashi Yamazaki, Soichi Nagao, William Lennon, Shigeru Tanaka. 2015. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 112(11): 3541-3546.

<図の説明>
(A) 小脳の神経回路。本研究では、小脳皮質の平行線維-プルキンエ細胞間シナプス(図中の*印)の可塑性に加えて、苔状線維-小脳核間シナプス(図中の**印)の可塑性を加えた理論モデルを構築した。 (B) マウス実験と数理モデルでのOKR適応の比較。横軸はトレーニング日数、縦軸は目の動きの大きさを表す。グレーの点とエラーバーはマウスの実験結果で、赤線は数値シミュレーションの結果である。

<研究者の声>
できるだけ少ない式でできるだけ多くの実験結果を説明することを目指して、これまでずっとチャレンジしてきた問題だったのですが、あちらを立てればこちらが立たず、試行錯誤の連続でした。ようやくきれいな理論モデルができてほっとしています。小脳の計算機構に関する理論は古くはMarr (1969)とAlbus (1971)のパーセプトロン仮説まで遡りますが、記憶の定着過程について論じたものは私が知る限りこれが初めてです。またこの問題は、私が理研脳センターの永雄総一先生の研究室(当時)に所属していたころから取り組んでいたものです。この場をお借りして永雄先生に心より感謝申し上げます。

<略歴>
2002年3月 東京工業大学 大学院 情報理工学研究科 数理・計算科学専攻 博士課程修了。博士 (理学) 取得。同年4月より理化学研究所 脳科学総合研究センター 研究員。2012年4月より電気通信大学 大学院 情報理工学研究科 情報・通信工学専攻 助教。現在に至る。