【神経科学トピックス】
「代謝経路」を狙い、てんかん電気活動を抑え込む

【神経科学トピックス】

「代謝経路」を狙い、てんかん電気活動を抑え込む

岡山大学 大学院医歯薬学総合研究科
特任助教  佐田 渚

 てんかんは、脳の「電気活動」の過剰興奮で起こる疾患です。てんかんの有病率は高く、約100人に1人が罹患していることが知られています。この過剰な電気活動を抑えるため、てんかん治療薬は「電気制御分子(イオンチャネル・シナプス受容体)」に作用し、てんかん発作を抑えます。しかし残念なことに、約3割の患者は治療薬でコントロールできません。そして、この治療薬が効かないてんかんに、「食事療法(ケトン食療法)」が有効であることが知られています。
 ケトン食療法とは、低炭水化物・高脂肪からなる食事療法です。約100年前に開発された治療法にも関わらず、その抗てんかんメカニズムは明らかにされておらず、それに基づくてんかん治療薬も存在しません。ケトン食療法は“食事”なので、体内の「エネルギー代謝」を変化させます。一方、てんかんは、脳の「電気活動」の過剰興奮です。つまり、「神経電気活動」と「代謝活動」を繋ぐ、未知のシグナル経路が存在するはずです。
 本研究では、その同定に取り組みました。ケトン食療法により、脳のエネルギー源であるグルコースが減少し、ケトン体が上昇します。そこでまず、マウス神経細胞からパッチクランプ記録を行い、このケトン食様の代謝変化を与えたところ、神経細胞は過分極し興奮が抑えられました。しかもその過分極は、乳酸投与により回復しました。実際に、ケトン食摂取マウスの海馬では、乳酸濃度は減少していました。これらの結果は、グリア細胞から神経細胞へ乳酸を運ぶ「アストロサイト―ニューロン乳酸経路」が、神経電気活動を制御していることを意味しています。さらに、この乳酸経路上に存在する代謝酵素「乳酸脱水素酵素(LDH)」を阻害すると、神経細胞は過分極したことから、LDHの阻害によっててんかん発作を制御できる可能性が期待されました。慢性海馬てんかんマウスにLDH阻害薬を投与すると、予想通りそのてんかん発作が抑えられました。つまり、乳酸経路を標的とすることで、神経電気活動・てんかん発作を制御することが可能となりました(図)。
 本研究では更に、LDHを標的とした、新しいてんかん治療薬が開発可能であることも見出しています(図)。この「代謝酵素」を標的とする創薬は、「電気制御分子」を標的とする従来の創薬と全く概念が異なるため、画期的治療薬 (first-in-class) の誕生に繋がると期待されます。

Targeting LDH Enzymes with a Stiripentol Analog to Treat Epilepsy.
Sada N, Lee S, Katsu T, Otsuki T, Inoue T (2015) Science 347: 1362-1367.

<図の説明>
我々が明らかにした「代謝経路」(左)による「神経電気活動・てんかん発作」の制御(右)

<研究者の声>
今回の成果は、大学院に入学して、井上先生と議論を重ねながら6年の時間をかけ進めてきた研究です。In vivo電気生理実験に関しては、ほぼ一からの立ち上げでした。そのため、数多くの苦難を経験する中で、研究能力を磨く貴重な機会に恵まれたことはとても良かったです。この研究を通して、代謝分野と神経科学分野との繋がりを示すことが出来たと思っています。これから、代謝経路を標的とするてんかん治療薬の誕生で、多くの患者さんが救われることを願っています。この研究の全てに関して懇切丁寧に指導していただいた井上剛准教授、実験にご協力頂きました李順姫助教、共著者の先生方、そして研究室のメンバーに深く感謝申し上げます。

<略歴>
2011年 岡山大学大学院医歯薬学総合研究科博士前期課程修了、博士後期課程入学、 2014年10月より同研究科 特任助教