【神経科学トピックス】
攻めるか守るかの戦略決定を直観的に行う脳のメカニズムを解明

【神経科学トピックス】

攻めるか守るかの戦略決定を直観的に行う脳のメカニズムを解明

理化学研究所・脳科学総合研究センター
研究員      万小紅
チームリーダー 田中啓治

 人は複雑な状況の中で応答を迫られたとき、まず大まかな応答の分類(戦略)を決め、次にその戦略のもとで具体的な応答を決めます。具体的応答を分析せずに決めるこのような戦略決定は、直観的と言えます。私達は、将棋の与えられた盤面で守るべきか攻めるべきかを決定する問題を使って、直観的な戦略決定の脳メカニズムを調べました。
 アマチュア高段者17名にfMRI装置の中で戦略決定課題および具体手決定課題に答えてもらいました。まず戦略決定課題か具体手決定課題かを指示した後、将棋盤面を4秒提示して回答を考えてもらいました。次に戦略決定課題の場合は攻め/守りの2つの選択肢、具体手決定課題の場合は4つの選択肢を提示し、2秒以内に回答してもらいました(図左)。試行ごとに異なる問題を用いました。
 戦略決定に関わる脳ネットワークを抽出するために、まずは戦略決定課題で具体手決定課題よりも強く活動する脳部位をfMRIで探しました。その結果、前帯状皮質吻側部、後帯状皮質、前頭前野背外側部(図右)が浮かび上がりました。次に、これらの領野の活動が攻めや守りの価値判断とどのように関係しているかをコンピューター将棋プログラム「激指」を使って調べました。激指は個々の具体手の価値を18手先まで読み、その時点での状況の価値を評価して元の手の価値を決めます。激指が示した各盤面における上位3つの価値を持つ攻めの3手の平均価値と守りの3手の平均価値が、被験者の攻め/守りの戦略決定を最もよく再現したので、これに被験者ごとの選択をフィットする係数を掛けた値を盤面の攻めと守りの主観的価値としました。解析の結果、前帯状皮質吻側部の活動は守りの主観的価値に、後帯状皮質の活動は攻めの主観的価値に、前頭前野背外側部の活動は選択した戦略の主観的価値から選択しなかった戦略の主観的価値を引いた値にそれぞれ強く正に相関しました。
 これらの結果は、直観的な攻め/守りの戦略決定が、与えられた盤面における攻めと守りの価値評価をもとにして行われていることを示唆します。攻めと守りの価値は帯状皮質の後部と前部に分かれて表現され、これらの価値表現が前頭前野背外側部に伝えられて選択された戦略の価値から選択されなかった戦略の価値を引いた値が表現され、攻めるか守るかの戦略を決定していると考えられます(図右)。
 今回の実験は将棋の攻め/守りについて行いましたが、他のいろいろな戦略決定にも類似の脳ネットワークが使われている可能性があります。攻めるべき状況と結びついた特徴および守るべき状況と結びついた特徴は、過去の多くの状況での経験から学習されて長期記憶として記憶され、これらの特徴の知覚が無意識のうち、すなわち直観的に戦略決定に結びつくものと思われます。

Neural Encoding of Opposing Strategy Values in Anterior and Posterior Cingulate Cortex. Xiaohong Wan, Kang Cheng and Keiji Tanaka, 2015, Nature Neuroscience, 18: 752-759.

<図説明> 用いた課題(左)と結果のまとめ(右)

<研究者の声>
日本将棋連盟のプロ棋士を被験者として実験を行う機会に恵まれ、先ず、プロ棋士が与えられた盤面に対して最善の次の一手を直観的に考えるときには大脳基底核尾状核頭部を含む神経回路を使うことを明らかにしました。この研究の結果は2011年にScienceに掲載することができました。次に将棋の経験のない学生を4ヶ月間簡易化した将棋で訓練し、プロ棋士と同じ神経回路を使って直観思考をするようになることを示し、2012年にJ. Neurosci.に掲載しました。今回の論文は将棋に関する3番目の論文です。将棋を使うことで直観思考の脳メカニズムに切り込むことができました。

<略歴>
万小紅略歴:2006年に東北大学より工学博士取得、2006年から2014年まで理化学研究所脳科学総合研究センター研究員、2014年より北京師範大学教授。
田中啓治略歴:1975年に大阪大学基礎工学研究科物理系生物工学コース修士課程を修了。1983年に論文提出により東京大学より医学博士取得。日本放送協会放送科学基礎研究所研究員、理化学研究所国際フロンテイア研究システムチームリーダー等を経て、1997年から理化学研究所脳科学総合研究センターのチームリーダー。

万小紅(左)と田中啓治(右)