【神経科学トピックス】
微弱な電気刺激が脳を活性化する仕組みを解明
-ノルアドレナリンを介したアストロサイトの活動が鍵-

理化学研究所 脳科学総合研究センター
研究員 毛内 拡(もうない ひろむ)

経頭蓋(けいとうがい)直流電気刺激によって記憶力が向上したり、うつ病が改善したりすることが知られていますが、その作用メカニズムは解明されていませんでした。本研究により、電気刺激によってアストロサイトと呼ばれる脳細胞の活動が顕著に上昇し、神経伝達を増強していることが分かりました。

 「経頭蓋直流電気刺激法(tDCS)」は、頭蓋骨の上から極めて微弱な直流電気を流して脳を刺激する方法で、ヒトではうつ症状の改善、運動機能障害のリハビリテーション、記憶力の向上などへの効果が知られています。しかし、その詳しい作用メカニズムは解明されていませんでした。これまでの動物実験の結果からは、tDCSがシナプス伝達を増強することが、電気生理学的手法を用いて断片的に報告されていました。
 私たちはこれまで、シナプス伝達の増強がグリア細胞の1種であるアストロサイトのカルシウム活動によって引き起こされることに注目してきました。アストロサイトは、神経細胞(ニューロン)とは異なり、電気的応答が微弱であるため、脳波記録などの電気生理学的手法ではその活動を捉えることは困難です。一方、アストロサイトは細胞内カルシウム濃度をダイナミックに変動させることが知られています。
 そこで私たちは、アストロサイトとニューロンの細胞内カルシウム動態をリアルタイムで観測できる遺伝子改変マウスを作製し、tDCS前後の大脳皮質のカルシウム動態を計測しました。その結果、tDCSによって大脳皮質におけるアストロサイトの細胞内カルシウム濃度が一過的に著しく上昇することを発見しました。さらに、tDCS後に視覚刺激などの感覚刺激に対するニューロンの応答が大きくなることから、シナプス伝達の増強が起こることを見出しました。一方、アストロサイトのカルシウム応答を抑制した遺伝子改変マウスでは、tDCSによる感覚刺激に対する応答は増強しませんでした。
 次に薬理実験により、神経伝達物質の1種であるノルアドレナリンの受容体「α1アドレナリン受容体」が、tDCSによるアストロサイトのカルシウム応答に必須であることを見出しました。さらに、ノルアドレナリン作動性ニューロンを神経毒により損失させると、アストロサイトのカルシウム応答も感覚刺激に対する応答の増強も起こりませんでした。これらの結果から、「tDCSによりノルアドレナリンが放出され、アストロサイトのカルシウム上昇を介してシナプス伝達の増強を起こしやすくなる」ことが明らかになりました。
 本研究の結果から、うつ病などの精神疾患に対してのアストロサイトを標的とした創薬や治療法の開発が期待できます。また、tDCSの効果や安全性については、神経細胞だけではなくグリア細胞の研究も含めて議論することが必要と考えられます。

Calcium imaging reveals glial involvement in transcranial direct current stimulation-induced plasticity in mouse brain

Hiromu Monai, Masamichi Ohkura, Mika Tanaka, Yuki Oe, Ayumu Konno, Hirokazu Hirai, Katsuhiko Mikoshiba, Shigeyoshi Itohara, Junichi Nakai, Youichi Iwai & Hajime Hirase

Nature Communications (2016) 7, Article number: 11100.

<図の説明>
図 tDCSがマウスのシナプス伝達の増強を起こすモデル

マウス脳への微弱な直流電流(tDCS)によってノルアドレナリンの放出が促進され、ノルアドレナリン受容体(A1AR)を介してアストロサイトを活性化する(カルシウム濃度が上昇する)。その結果、シナプス伝達が増強される。アストロサイトが何らかの伝達物質を放出(グリア伝達)して、シナプス機能を調節していることが想定される。

<研究者の声>
自分の興味はもちろんですが、何か社会に貢献しうる基礎研究をしたいと思っています。今回の研究が直接、病気を治したり、薬を作ったりすることに結びつくわけではないですが、この研究が土台となって、いつの日かたくさんの人々が幸せに生活できるような未来が訪れたらいいなと思っています。研究を行うに当たり、多大なるご支援を頂いた研究室のメンバーと共同研究者の先生方、いつも暖かく見守り支えてくれている家族に心より感謝を申し上げます。
<略歴>
2008年3月 東京薬科大学 生命科学部卒
2013年3月 東京工業大学 大学院 総合理工学研究科修了 博士(理学)
2013年4月より現職