【神経科学トピックス】
運動学習には一次運動野ニューロンに対する一時的な抑制低下と持続的な興奮性シナプスの強化が必要である

山口大学 大学院医学系研究科 神経生理学講座
助教   木田裕之

 新しい運動やスポーツをすると、繰り返し練習することにより、次第に熟練していきます。本研究ではラットに回転するドラムの上を歩かせるという運動を学習させ、一次運動野におけるシナプス可塑性に着目しました。その結果、運動学習には、興奮性シナプスと抑制性シナプスの変化が必要である事が分かりました。

 新しい運動やスポーツをすると、はじめはうまくできなかったものが、繰り返し練習をすることで、次第にその運動に熟練していきます。これまで運動トレーニングは興奮性シナプスの伝達効率を長期的に強化すると考えられてきましたが(Rioult-Pedotti et al., Science 2000)、海馬学習で観察されるような興奮性シナプスが多様化(Mitsushima et al, Nature comm., 2013)する過程、抑制性シナプスの関与、ニューロンの興奮性の変化など、多岐にわたる可塑性が運動学習にどのように関与するかの全体像は不明でした。本研究では、自分の意志によって行われる運動の起点である大脳新皮質の一次運動野におけるシナプス可塑性に着目しました。ラットを用いたローターロッドテスト(回転するドラムの上を歩かせる運動、1日10試行、最長2日間)を運動学習課題とし、主要な神経伝達物質であるグルタミン酸(興奮性)およびGABA(抑制性)に着目しました。次に、スライスパッチクランプ法により、運動学習後の一次運動野におけるシナプス伝達を解析しました。
 動物はトレーニング1日目に確実に運動スコアを上げ、2日目には学習曲線は頭打ちに達して、十分にこの運動を習得しました。次に、運動学習にけるグルタミン酸伝達の役割を調べるために、グルタミン酸受容体の阻害薬を一次運動野に局所注入しました。すると、運動学習が遅れ、運動スコアが低下しました。急性脳スライス標本の実験ではトレーニング1日目に抑制性シナプスではGABAの分泌が非トレーニング群と比べて一時的に低下し、興奮性シナプスではAMPA型のグルタミン酸受容体が増加しました。トレーニング2日目には抑制性シナプスにおけるGABA分泌は回復しますが、興奮性シナプスにおけるAMPA型グルタミン酸受容体の増加は維持され、グルタミン酸放出量はトレーニング前よりも増加しました。
 このように運動学習の成立過程では、興奮性シナプスの増強と抑制性シナプスの抑制の両方が動的に変化していました。また、興奮性シナプスでは、運動トレーニング直後にAMPA型グルタミン酸受容体が増えた後に、グルタミン酸放出量が増えていると考えられます。一方、抑制性シナプスでは、運動トレーニング直後にGABA分泌による抑制性入力が一時的に低下し、その後分泌量は戻るため、興奮と抑制のバランスが、運動のトレーニング直後とその後で、ダイナミックに変化する事が初めて明らかとなりました。運動熟練に伴って起こるシナプス可塑性の分子メカニズム解明は、運動機能障害の効果的な治療法の開発やリハビリテーション医学への応用に役立つことが期待されます。

Motor training promotes both synaptic and intrinsic plasticity of layer II/III pyramidal neurons in the primary motor cortex. Kida H, Tsuda Y, Ito N, Yamamoto Y, Owada Y, Kamiya Y, Mitsushima D.2015. Cerebral Cortex. in press.
<図1点>

<図の説明>
(A) 運動トレーニングの直前に、グルタミン酸受容体阻害薬であるCNQX(AMPA型受容体阻害薬)やAPV(NMDA型受容体阻害薬)で一次運動野のグルタミン酸受容体を局所的に阻害すると、運動学習が遅れ、運動スコアは低下した。(B) 学習前後のラットで急性脳スライスを作成し、一次運動野における、1シナプス小胞あたりの興奮性シナプス後電流と抑制性シナプス後電流を記録した。下は運動学習過程におけるシナプス変化の模式図を示す。

<研究者の声>
 野球が上達したときに、脳内でどんなことが起こっているのか?「運動スキル獲得のメカニズム」について研究するのは長年の夢でした。2012年、当教室に着任した美津島大教授に、「運動学習がやりたい。」を提案した時のことを鮮明に覚えています。AMPA受容体をキーワードにパッチクランプ法を導入し、実験に適した運動学習課題を設定しました。教室内外の先生たちのサポートのおかげで研究内容に厚みが増し、Cerebral Cortexアクセプトにこぎつけられました。「30代で何をするかで、40代が決まる。」(落合博満元中日ドラゴンズ監督「采配」より)この言葉を胸に刻んで、次の10年を実りあるものにするためにより研究に邁進してゆく所存です。

<略歴>
2001年3月大阪大学基礎工学部(システム科学科)卒業
2003年3月大阪大学基礎工学研究科(システム人間系専攻)修了 
2006年3月大阪大学基礎工学研究科(機能創成専攻)修了 理学博士取得
2006年4月より山口大学大学院医学系研究科システム神経科学分野 (現 神経生理学講座)助教
主な受賞歴
第43回山口大学霜仁会賞奨励賞 (2013年)
第91回日本生理学会優秀ポスター賞 (2014年)
第67回生理学会中国四国大会奨励賞 (2015年)
<顔写真>