【神経科学トピックス】
睡眠時における大脳新皮質の情報の流れが記憶を固定化する

理化学研究所 脳科学総合研究センター 行動神経生理学研究チーム
客員研究員 宮本大祐(現 ウィスコンシン大学 客員研究員)

睡眠時における大脳新皮質の活動の操作が、マウスの記憶力に影響を与えるかどうかを調べました。前頭葉から頭頂葉への情報の流れを遮断、または二つの領域をちぐはぐに刺激すると記憶力が低下しました。反対に、同期した刺激を与えると記憶力が向上しました。睡眠時における大脳新皮質の刺激方法により、記憶力を弱めることも強めることもできることが分かりました。

 睡眠は知覚記憶を固定化させる過程に重要であることが知られています。睡眠時には、新しい知覚情報はあまり入ってこないために、脳内の情報処理により覚醒時の記憶が固定化されると考えられています。高次脳領域から低次脳領域への入力経路をトップダウン経路、反対をボトムアップ経路と呼びます。これまで、どちらの経路が記憶の固定化に重要であるかは解明されていませんでした。そこで、触覚の知覚に関与する大脳新皮質の第二運動野 (M2) から第一体性感覚野 (S1) へのトップダウン経路と、その反対のボトムアップ経路 (Manita et al., Neuron 2015) を操作して、記憶の固定化がどのように変化するのかを調べました。

 まず、触覚に関する知覚記憶の固定化を調べるためのマウスの行動課題を構築しました。マウスに床の質感(例:ツルツル)を学習させて、次の日に、学習した質感と新しい質感(デコボコ)とを弁別させます。私たちは、マウスが新しい環境をより好んで探索する性質を利用して、新しい質感の床における探索時間の割合を、学習した質感の記憶の指標としました。学習直後のノンレム睡眠時において、M2からS1へのトップダウン経路を光遺伝学的手法1により抑制したところ、記憶成績が悪くなりました。一方、学習して数時間後のノンレム睡眠時にこの経路を抑制しても成績に影響はありませんでした。同様に、S1からM2へのボトムアップ経路を学習直後のノンレム睡眠時に抑制しても記憶は正常でした。神経細胞の電気活動を記録すると、M2とS1の神経細胞は学習時に活性化し、睡眠時でも再活性化していました。このS1の再活性化はトップダウン経路の抑制により阻害されました。これより、学習直後のノンレム睡眠におけるトップダウン入力により、感覚野の再活性化そして知覚記憶の固定化が生じていることが分かりました。今回、M2とS1以外の脳領域からの神経活動の記録や光制御を行っていないので、他の脳領域も質感の記憶の固定化に関連していたかどうかは分かりません。しかし、視覚に関連した記憶課題では、同じトップダウン回路を抑制しても視覚記憶は正常でした。この結果は、各感覚に対応した脳回路が記憶の固定化に使われている可能性を示します。

 一般に、記憶が固定化されるノンレム睡眠時には、多くの脳領域で神経活動が同期することで、ゆっくりとしたリズム (0.5-4 Hz)の脳波が観察されます。そこでノンレム睡眠時に、M2とS1とで神経活動を記録してみると、予想通り同様な低周波の脳波が観察され、M2とS1とのあいだの神経活動の同期性が高くなっていることがわかりました。そこで、M2とS1とを同時刺激することで記憶を向上させることできるかどうか検討しました。光遺伝学的手法により2 Hzで同期的または非同期的にM2とS1を刺激しました。同期刺激すると記憶成績に変化はありませんでしたが、記憶を保持する期間が延びました。一方、非同期刺激すると、記憶の固定化が阻害され成績が低下しました。これらの実験により、質感の記憶の固定化には、M2とS1との同期的な刺激条件が十分であることが分かりました。

 記憶を向上させる処置と、記憶を阻害する処置とを同時に行ったら記憶の固定化はどうなるのでしょうか。一般に、睡眠を阻害(断眠)すると、脳内環境が乱れ記憶の固定化が阻害されることが知られていますが、断眠させたマウスにおいても同期刺激を行うと、断眠処置だけのマウス、さらには通常の睡眠をとったマウスに比べても記憶を保持する期間が延びました。これら一連の実験により、大脳新皮質の刺激または抑制による、記憶力のコントロールの可能性が示されました。大脳新皮質は臨床的にも経頭蓋磁気刺激等を用いて刺激できるので、将来、覚えたい記憶と忘れたい記憶を自在に操ることが可能かもしれません。

1 光遺伝学:神経回路機能を光と遺伝子操作を使って調べる手法。ミリ秒単位の時間精度を持った制御を特徴とする。

Top-down cortical input during NREM sleep consolidates perceptual memory
D. Miyamoto, D. Hirai, C. C. A. Fung, A. Inutsuka, M. Odagawa, T. Suzuki, R. Boehringer, C. Adaikkan, C. Matsubara, N. Matsuki, T. Fukai, T. J. McHugh, A. Yamanaka, M. Murayama. Science, 352: 1315-1318, 2016


<図の説明>
(A)睡眠中のマウス。研究ではケージ内で睡眠したマウスを用いた。(B) 学習時に活性化した第一体性感覚野 (S1) の神経細胞は、第二運動野(M2)からのトップダウン入力によりノンレム睡眠時に再活性化され、記憶が固定化される。 

<研究者の声>
本研究は光遺伝学的手法や電気生理学学的手法、動物行動学的手法を組み合わせて、睡眠による記憶固定化の神経回路メカニズムを解明しました。これまで関連する研究はほとんど無かったのですが、2015年の北米神経科学大会では複数の報告があり、肝を冷やしました。ライバルと競う上で、独自のシンプルな行動課題を構築し、記憶の向上/低下の双方向で検討していた点に強みがあったと思います。学部時代からの行動神経科学の経験と、理研内外の多くの諸先輩方や先生方のサポートのおかげで研究成果を発表する事が出来ました。神経活動の記録や解析は理研の方々、睡眠と光遺伝学は名古屋大の方々に大変お世話になりました。この場をお借りして心より感謝申し上げます。

<略歴>
2009年 東京大学薬学部卒業、2014年 東京大学大学院薬学系研究科 (松木・池谷研究室) 博士課程修了、博士 (薬学)。同年、名古屋大学環境医学研究所 (山中章弘研究室) 日本学術振興会特別研究員PD。同年、理化学研究所脳科学総合研究所 (村山研究室) 客員研究員。2016年よりウィスコンシン大学マディソン校 (Tononi & Cirelli lab) 客員研究員。