第30回塚原仲晃記念賞受賞者 坂場武史先生

「中枢神経系におけるシナプス伝達の生理学」

同志社大学大学院脳科学研究科 坂場 武史

 この度は塚原仲晃記念賞をいただき、とても有り難いことだと思っております。
 私は、学生時代からシナプス伝達、特に神経伝達物質放出機構に関して、生理学的な立場から研究をしてきました。当時、シナプス前後部の膜電位固定によるシナプス入出力関係の計測は限られた標本でのみできる状態でした。東京大文学部心理学の立花研究室では、網膜双極細胞神経終末からの伝達物質放出に関して、単離細胞標本を用い、膜容量測定法や立花先生が開発したグルタミン酸受容体を用いたバイオアッセイ法によってCa―伝達物質放出連関を確定する実験を行いました。結果、伝達物質放出がCa流入に対して即時放出される成分とより持続的に放出される成分があることがわかりました。
 大学院修了後、ドイツのNeher研究室に留学し、げっ歯類聴覚伝導路のcalyx of Held大型シナプスの急性スライス標本でシナプス前後部から同時記録を行い、シナプスの入出力関係を研究しました。Neher先生が改良したシナプス後電流から伝達物質放出量を定量するdeconvolution法を用いて伝達物質放出の時間経過を推定し、双極細胞と同じようにCa流入に対して即時放出される成分とより遅い成分があることを見出しました。この2成分はシナプス小胞のCaチャネルからの距離の違いによって規定され、チャネルに近い小胞が即時に伝達物質放出することが示唆されました。また、Katzの神経筋標本における知見と同じく、小胞は形質膜にランダムに接着して伝達物質を放出するというよりむしろ特定の伝達物質放出部位に接着し放出することも示唆されました。
 2006年にマックスプランク協会の厚意でNeher研究室の片隅に小さな研究グループを作ることができ、高頻度刺激中の伝達物質放出量の減少は、小胞の放出部位への動員が追い付かないためではなく、放出部位が不活性化して小胞を繰り返し受容できなくなるためである可能性を示唆する実験結果を得ました。しかし、“小胞”や“伝達物質放出部位“はあくまでシナプス電流の電気生理学的な解析から想定された概念であって、実際にそれらを見ているわけではありません。2011年に同志社大に赴任してからは、これらを実際に観察することを目指しました。幸い、Almers研究室でイメージングの研究をしていた緑川光春さんの参加を得て、単離したcalyx of Heldシナプス前終末に全反射蛍光顕微鏡を適用し、シナプス小胞の動態を観察することができました。これからは伝達物質放出部位の実体を可視化し、明らかにすることが課題の1つになるだろうと思います。
 また、calyx of Heldは大型シナプスですが、脳中枢に見られる小型シナプスの作動原理を調べるという課題や、長期シナプス可塑性のシナプス前性メカニズムに関しても膜電位固定法などの定量的な方法で解析するという課題が残されています。
多くの方々に支えられてこれまで基礎研究をすることができましたが、特に師である立花政夫先生、Erwin Neher先生、同志社大脳科学研究科の設立に深く関わった高橋智幸先生、井原康夫先生、共同研究者の川口真也さん、緑川光春さんに深くお礼申し上げます。

略歴
1998年 東京大学大学院人文社会系研究科大学院博士課程修了
1998年 ドイツ マックスプランク生物物理化学研究所 ポスドク
2006年 マックスプランク生物物理化学研究所 若手独立グループリーダー
2011年 同志社大学大学院脳科学研究科(設置準備室)教授


図.シナプス小胞の開口放出とリサイクリング(脳科学辞典より引用)。シナプス前終末においてシナプス小胞はサイクルしていると考えられているが、この図式のように作動するかに関しては未解明の部分が多い。