第30回塚原仲晃記念賞受賞者 樋口真人先生

「アルツハイマー病モデルの生体イメージング」

放射線医学総合研究所 樋口真人

 1985年度から数えて30回目となる塚原仲晃記念賞を賜り、身に余る光栄と存じます。塚原先生は記憶と学習が成り立つメカニズムの解明にご尽力されましたが、私を含む放射線医学総合研究所の研究グループは、記憶と学習が病的に障害されるメカニズムの解明を目標としました。元々老年内科医として、アルツハイマー病をはじめとする認知症の患者さんの診療に取り組んでおりました私は、陽電子断層撮影(PET)により神経伝達異常を生体脳で捉えることを目指す一方、それよりも上流にあり疾患の原因となる病態をPETで画像化し、診断と治療に役立てることを望みました。
 アルツハイマー病の病態カスケードで最上流に位置すると考えられている素過程は、アミロイドβペプチド(Aβ)やタウタンパクの凝集体が脳内に蓄積することです。これに引き続いて神経炎症やカルシウム恒常性破たん、神経伝達異常などの素過程が連鎖的に誘発されて、神経細胞死に伴い記憶・学習その他の認知機能の障害が生じると考えられています。原因に近い病態を見るとなれば、Aβやタウの凝集体を生きた脳で可視化することが必要となります。ヒトで有用性の高い画像診断薬を開発することを少しでも容易にするために、Aβもしくはタウの蓄積が起こるトランスジェニック(Tg)モデルマウスを利用することを考えました。米国ペンシルバニア大学と理化学研究所脳科学総合研究センターでモデルマウスの開発や評価に従事した後、私は2005年に放射線医学総合研究所に移り、これらのマウスを研究所内に導入して、当時稼働し始めた小動物用PET装置でスキャンを開始致しました。
 2004年に論文報告されたピッツバーグ化合物B(PiB)というPET薬剤を用いて、アミロイド前駆体タンパク(APP)TgマウスのAβ病変を、世界に先駆けて生体で可視化することに成功しました(Maeda et al. J Neurosci 2007)。その際にヒトとAPP TgマウスのPiB画像と病理変化を比較することにより、AβのN末端が切断されて修飾を受けたピログルタミルAβの凝集体にPiBが強く結合することが判明しました。ピログルタミルAβは凝集性と炎症誘発性が高いAβ亜種で、AD患者脳では多量に蓄積します。ここで誘発される神経炎症の役割を調べるため、次に炎症性グリアのマーカーであるトランスロケータータンパクを、生きたモデルマウスでPETにより可視化することを実現しました(Yoshiyama et al. Neuron 2007; Ji et al. J Neurosci 2008; Maeda et al. J Neurosci 2011)。その結果、神経炎症とタウ蓄積は相互促進的に作用し、神経細胞死を加速することが分かりました。
 Aβ・タウ・神経炎症が生体でいかなる相互作用を持つのかを明らかにするには、タウ蓄積を画像化する必要があります。そこでタウ凝集体に結合性が高いイメージング薬剤の開発を進めました。タウは6つの分子種(アイソフォーム)からなるタンパクで、アイソフォーム構成によって立体構造が少しずつ異なります。立体構造の違う様々なタウ凝集体に結合する化合物は、一定の基本骨格長を有するのではないかと推測しました。この仮説に基づき、PiBの基本骨格を伸長した結果、基本骨格長が15~16オングストロームの新規化合物群が、多様なタウ重合体に強く結合することが示され、化合物群をPBBと名付けました。タウTgマウスのPETにより、PBBはタウ病変の画像化薬剤として有用であることが示され、PBBの1種であるPBB3を、2012年よりヒトに応用しました。これにより、アルツハイマー病や非アルツハイマー型認知症のタウ病変を、生きたヒトの脳で捉えることに初めて成功しました(Maruyama et al. Neuron 2013)。すでに放射線医学総合研究所だけでも200例を超える被験者でPBB3とPiBを組み合わせたPETが施行され、以下の知見が得られました。
(1)正常高齢者でも海馬体付近におけるタウ蓄積がAβ蓄積とは独立して起こり、PETで捉えられる。
軽度の記憶力低下は、この段階で生じうる。
(2)ひとたびAβが蓄積すると、タウの蓄積部位は拡大し、アルツハイマー病発症・進行に至る。
(3)Aβ蓄積が起こらない非アルツハイマー型認知症でも、タウ蓄積が早期からPETで捉えられ、
疾患の早期診断に寄与しうる。
 PBBはそれ自体が蛍光物質でもあるので、モデルマウスのインビボ二光子レーザー顕微鏡に適用され、頭蓋窓を介して個々のタウ病変を1週ごとに観察することが可能になりました。これにより、タウ病変が形成される速度や、タウ病変を持つ神経細胞の消失速度が計測できるので、抗タウ療法や抗炎症療法のタウ病態に対する治療効果を、数週以内に評価可能です。より長期的な治療効果はPETとMRIによる経時観察で評価でき、さらに同じ評価系を用いてヒトで治療薬の臨床試験を行えます。モデルマウスのマルチモーダルイメージングが、アルツハイマー病制圧に向けた創薬を加速しうると見込まれます。
 PET研究は、サイクロトロンとイメージング装置の物理工学、薬剤開発と標識合成の有機化学、画像解析の数理科学、病態解明を担う医学・生物学と、多岐にわたる分野の研究者が連携してはじめて可能になります。モデルマウスとヒトを双方向に結び付けるイメージングに寄与された多くの共同研究者の方々に、この場をお借りして心より感謝申し上げます。


図:正常加齢から軽度認知障害(MCI)ひいてはアルツハイマー病(AD)に至る病態のカスケードと、カスケードに含まれる素過程を網羅するイメージング技術の開発。PETプローブのうち、放射線医学総合研究所で開発された薬剤を*印で示す。矢印内の①~③はイメージングを基軸とした研究で明らかにされた下記の因果関係。
① 加齢に伴いタウは海馬体付近でAβと独立して蓄積するが、Aβ蓄積が起こると脳の広い範囲に
蓄積部位が拡大する(Maruyama et al. Neuron 2013)。
② ピログルタミルAβやタウ蓄積が神経炎症を加速するが、神経炎症もまたこれらの異常タンパク蓄積を
促進する(Yoshiyama et al. Neuron 2007; Maeda et al. J Neurosci 2007; Ji et al. J Neurosci
2008; Maeda et al. J Neurosci 2011)。
③ タウ蓄積と神経炎症に伴い、興奮系と抑制系の神経伝達バランスが破たんする
(Higuchi et al. FASEB J 2012)。PET画像は受容体などの量の変化を表すのみならず、
伝達物質放出の変化や受容体の局在などを反映しうる(Tokunaga et al. J Neurosci 2009)。

  • Maruyama M, et al. (2013) Imaging of tau pathology in a tauopathy mouse model and in Alzheimer patients compared to normal controls. Neuron 79:1094-1108.
  • Yoshiyama Y, et al. (2007) Synapse loss and microglial activation precede tangles in a P301S tauopathy mouse model. Neuron 53:337-351.
  • Maeda J, et al. (2007) Longitudinal, quantitative assessment of amyloid, neuroinflammation and anti-amyloid treatment in a living mouse model of Alzheimer’s disease enabled by positron emission tomography. J Neurosci 27:10957-10968.
  • Ji B, et al. (2008) Imaging of peripheral benzodiazepine receptor expression as biomarkers of detrimental versus beneficial glial responses in mouse models of Alzheimer’s disease and other CNS pathologies. J Neurosci 28:12255-12267.
  • Maeda J, et al. (2011) In vivo positron emission tomographic imaging of glial responses to amyloid-b and tau pathologies in mouse models of Alzheimer’s disease and related disorders. J Neurosci 31:4720-4730.
  • Higuchi M, et al. (2012) Mechanistic involvement of the calpain-calpastatin system in Alzheimer neuropathology. FASEB J 26:1204-1217.
  • Tokunaga M, et al. (2009) Neuroimaging and physiological evidence for involvement of glutamatergic transmission in regulation of the striatal dopaminergic system. J Neurosci 29:1887-1896.

学歴・職歴
1993年 東北大学医学部卒業
1997年 東北大学大学院医学研究科修了(医学博士)
1999年 東北大学医学部附属病院老年・呼吸器内科 助手
1999年 米国ペンシルバニア大学医学部神経変性疾患研究センター 研究員
2003年 独立行政法人 理化学研究所脳科学総合研究センター 研究員
2005年 独立行政法人 放射線医学総合研究所 分子イメージング研究センター
チームリーダー
2016年 国立研究開発法人 量子科学技術研究開発機構 放射線医学総合研究所
チームリーダー