【神経科学トピックス】
記憶を思い出すとき、大脳皮質は層構造ごとに異なる様式で情報処理する

東京大学医学系研究科     
(現 米国国立精神衛生研究所)
助教  小谷野 賢治     

大脳皮質は均一な組織ではなく、6層からなる層構造で構成されています。今回の研究では、記憶を想起する際に、側頭葉の大脳皮質における各層が異なる情報処理機能を分担し、記憶の手がかり情報を想起対象へ変換することが分かりました。

大脳皮質は均一な組織ではなく、それぞれ独自の細胞種構成と解剖学的結合パターンを持つ6つの層から構成されています。初期感覚野の研究においては、4層から2・3層、さらに5・6層へと情報が伝達されながらより複雑な情報が処理されるというモデルが以前より提唱されてきました。しかしながら、慢性実験における脳深部からの記録には手法的な限界があったため、霊長類の連合記憶などの高次脳機能については、層構造が果たす役割は明らかになっていませんでした。そこで本研究ではサルを被験体とし、従来単一神経細胞の活動測定に用いられてきた微小電極記録法に加え、高磁場磁気共鳴画像法(MRI)と組織切片法を組み合わせた新しい手法を開発し用いました。この手法により、神経細胞の活動がどこから記録されているのかを層構造が区別できる精度で同定し、記憶を想起している間の神経細胞の活動とその層構造における分布の関連を調べました。記憶の想起課題として、サルは手がかりとなる図形を基に、それとペアを組むもう一方の図形を記憶から想起して選択するようにあらかじめ訓練されました。この課題を遂行中に活動する神経細胞の分布を解析した結果、大脳内側側頭葉の36野において、記憶に関わる神経細胞が層構造に従って異なる機能を分担していることが分かりました。第2層〜4層の神経細胞は想起対象よりも手がかり図形の情報を保持する一方で、第5層・6層の神経細胞は想起対象の情報を処理していました。すなわち、連合記憶の想起は浅層ではなく深層である第5・6層において主に行われているということが分かりました。想起対象の情報は第5層で6層よりも早く処理が始まっており、また、第5層に存在する神経細胞は手がかり図形と想起対象の情報を同程度に処理していました。このことから、大脳皮質36野の第5層は主に記憶情報の連合に関与し、比較的早い段階からその処理を開始しているということが分かりました。一方、第6層の神経細胞は視覚的に提示された手がかり図形よりも想起された情報を主に表象しており、第5層から想起対象へ変換された情報を基に第6層が続いて情報処理しているということが示唆されました。さらに、情報処理に関する時間情報をもとにすると、第6層の神経細胞はさらに2つのサブグループに分かれました。これら第6層のサブグループのうち、手がかり図形の情報の保持時間が短く、最終的に想起対象の情報処理を主に行っていたものは、周囲の神経活動のリズムに合わせて同期しながら活動する傾向にありました。このことから、想起対象を処理している第6層の一部はお互いに同期して活動しながら、タイミングを合わせて他の脳領域に想起した情報を出力しているということが示唆されました。

Laminar Module Cascade from Layer 5 to 6 Implementing Cue-to-Target Conversion for Object Memory Retrieval in the Primate Temporal Cortex. Kenji W. Koyano, Masaki Takeda, Teppei Matsui, Toshiyuki Hirabayashi, Yohei Ohashi, Yasushi Miyashita. 2016, Neuron, 92. DOI: http://dx.doi.org/10.1016/j.neuron.2016.09.024

記憶想起課題遂行中の大脳皮質36野における情報処理過程モデル。サルは手がかり図形(図では2重丸)から対となる図形(図では星)を想起するよう訓練された。第5層から第6層において記憶の手がかり情報が想起対象へと変換される。図では刺激図形を実際のものより簡略化してある。

<研究者の声>
本研究では、MRIを用いて電極による記録位置を同定しながら記録を行ったため、1刺入あたりにかかる時間が通常よりも長く、数日から1週間程度かかりました。そのため、新しく電極を刺す日には「今回はいいデータがとれる場所に刺さりますように」と毎回祈る気持ちでした。刺入を繰り返すたびに一喜一憂しながら、少しずつ神経細胞の分布が明らかになっていくのには次第に達成感を感じるようになったのを覚えています。十分な数のデータを集めるのには苦労しましたが、その間ご協力を頂いた共著者をはじめとする研究室の皆様、そして辛抱強くずっと支えてくれた妻に深く感謝します。

<略歴>
2002年:東京大学教養学部卒業
2008年:東京大学院医学系研究科(宮下研究室)博士課程終了、博士(医学)
2008-2011年:東京大学大学院医学系研究科(宮下研究室)日本学術振興会特別研究員PD
2011-2014年:東京大学大学院医学系研究科(宮下研究室)特任研究員、特任助教を経て助教
2014年より:米国国立衛生研究所(Leopold lab)博士研究員