【神経科学トピックス】
個々の記憶同士をつなぐ神経細胞集団のメカニズム

富山大学大学院医学薬学研究部
(医学)生化学講座
特命助教
横 瀬  淳

記憶は経験時に活動した特定の神経細胞集団として我々の脳内に記憶痕跡という形で保存されており、記憶同士の連合が成立する際には個々の記憶痕跡間で重なりが増えることが知られています。今回の研究では、この重複する記憶痕跡細胞集団が記憶の連合のみに関与し、それぞれの記憶を思い出すためには必要ないことを明らかにしました。

 知識や概念の形成は、異なる経験を通して獲得した記憶を既存の記憶に付け加えていく作業であると考えられます。例えば、初めて小さな白い「犬」を見た子供が、また別の機会に「ワン」と吠える大きな茶色い「犬」と出会う。すると、子供の中で「犬」と言う存在が“大きさや体色が異なり、ワンと吠える動物”と言う具合に「犬」に対する概念が経験を基にして関連付けられていきます。その際に脳内では、それぞれの記憶同士に対応する個々の記憶痕跡を担う細胞集団の間で重複活動する細胞の割合が増加します。しかしながら、その細胞集団自体の機能的な役割はほとんど明らかにされていませんでした。今回の研究成果では、それら重複活動する記憶痕跡細胞がそれぞれの記憶間をつなぐ役割を担っていることが明らかになりました。
 記憶同士が関連付けられる仕組みを調べるために、マウスには異なる記憶課題である味覚嫌悪学習と音恐怖条件付け学習を組み合せた新たな行動実験を構築しました。味覚嫌悪学習では、マウスにサッカリン水溶液(甘い水)を与え、その30分後に塩化リチウム溶液を投与し、内臓倦怠感(気怠さ)を引き起こしました。学習後マウスは本来好きなサッカリン水溶液を忌避するようになりました。一方で音恐怖条件付け学習では、ブザー音と足への電気ショックを組み合わせることで、学習後にマウスはブザー音を聞くと恐怖反応であるフリージング(すくみ)反応を示すようになりました。それぞれを個別に学習させた後、サッカリン水溶液とブザー音を繰り返して同時に提示すると、その後マウスはサッカリン水溶液を飲むことでフリージング反応を示すようになりました。すわなち、これらの所見は、独立に形成された味覚嫌悪記憶と音恐怖条件付け記憶が、連続した同時想起により相互作用したことを示唆しています。また、その際に両方の記憶の責任脳領域である扁桃体において、各記憶に応答して活動した細胞集団を特定したところ、連続した同時想起を行った群では両記憶を担う記憶痕跡細胞集団の有意な重複率の増加が認められました(図A)。さらに、味覚嫌悪記憶と音恐怖条件付け記憶の連合成立により生じると考えられる、サッカリン水溶液の摂取によるフリージング反応と重複活動する細胞集団との関係性を明らかにするため、重複活動細胞集団のみを光遺伝学的手法により人工的に抑制しました(図B)。記憶連合の想起時に、光照射により重複活動細胞集団の活動を一過的に抑制すると、サッカリン水溶液の摂取によるフリージング反応が低減しました。その一方で、元々の両記憶の想起に対しては影響を与えませんでした(図C)。
  以上の結果から、味覚嫌悪記憶と音恐怖条件付け記憶の両記憶間の連合は、連続した同時想起により扁桃体領域で生じる重複活動細胞集団によって引き起こされること、そして、これら細胞集団が記憶の連合のみに関与し、元々の記憶の想起には必要ないことが明らかになりました。総じて、今回の研究によって記憶同士をつなぐ特定の神経細胞集団の存在とその機能的な役割が初めて明らかになりました。

Overlapping memory trace indispensable for linking, but not recalling, individual memories

Jun Yokose, Reiko Okubo-Suzuki, Masanori Nomoto, Noriaki Ohkawa, Hirofumi Nishizono, Akinobu Suzuki, Mina Matsuo, Shuhei Tsujimura, Yukari Takahashi, Masashi Nagase, Ayako M. Watabe, Masakiyo Sasahara, Fusao Kato, Kaoru Inokuchi

2017, Science Vol. 355, Issue 6323, pp. 398-403 DOI: 10.1126/science.aal2690

<図1点>

<図の説明>
(A) 繰り返しの同時想起による記憶同士の連合 個別に獲得した味覚嫌悪記憶と音恐怖条件付け記憶は、繰り返しの同時想起を行うことにより相互作用し、サッカリン水溶液の摂取によるフリージング反応を示すようになった。またこの時、マウス扁桃体領域において両記憶痕跡を担う重複活動細胞の増加が確認された。

(B) マウス光遺伝学的行動実験の様子 繰り返しの同時想起後、マウスが自由にサッカリン水溶液(甘い水)と蒸留水を摂取している際に、脳内の扁桃体領域に留置した光ファイバーを介して光照射を行い、重複活動細胞集団の神経活動を特異的に抑制した。

(C) 重複活動細胞を介した記憶同士のつながりを阻害 重複活動細胞の活動を光遺伝学的に抑制すると、サッカリン水溶液の摂取に依存したフリージング反応は低減したが、それぞれ味覚嫌悪記憶と音恐怖条件付け記憶の記憶想起に関しては影響しなかった。

<研究者の声>
『記憶の連合とは?』そんな壮大なテーマを本研究のモチベーションに据え、日々マウスと向き合ってきました。研究当初は動物行動実験の経験がなかったため、研究室の諸先輩方にアドバイスを仰ぎつつ、マウスの挙動をつぶさに観察したのを覚えています。その甲斐もあって、今回の研究成果につながる特徴的なマウスの表出行動を見逃さず捉えることができたのではないかと思います。また、ある程度研究成果がまとまり、論文にまとめようと先生にご相談した際に“まだもう一つ最後の実験が残っている!”と叱咤激励を受け、最後まで妥協せずに成し遂げた結果、このような研究成果を発表することができました。研究室の仲間や多くの諸先輩方、並びに東京慈恵会医科大学の加藤先生をはじめとする先生方には大変お世話になりました。この場を借りて心より感謝申し上げます。

<略歴>
2012年   東北大学大学院 生命科学研究科 生命機能科学専攻 (八尾 寛教授)
博士課程修了、生命科学博士
2012年より 富山大学大学院 医学薬学研究科 (医学) 生化学講座 (井ノ口 馨教授)
特命助教

<顔写真>