【神経科学トピックス】
ノルアドレナリン神経の多様性を発見-恐怖学習とその消去学習には異なるノルアドレナリン神経が関与-

所属 理化学研究所脳科学総合研究
センター記憶神経回路研究室
職名 氏名 植松 朗

これまで脳内のノルアドレナリン神経はすべて同じと考えられていたが、我々は恐怖を学習する過程と恐怖を消去する過程において異なるタイプのノルアドレナリン神経群が重要であることを発見した。

 恐怖体験に関する記憶は、危険の予知など、生存率を上げるのに必要な能力である。一方で、恐怖記憶が不要になると、消去学習という新たな学習により恐怖記憶が上書きされ、消去される。これまで恐怖学習と消去学習において、神経伝達物質の一つであるノルアドレナリンが重要であることが示されていた。脳内のノルアドレナリン神経系は、そのほとんどが青斑核にあるノルアドレナリン神経から各脳領域に分布していることが分かっている。しかしながら、恐怖学習と消去学習時における青斑核ノルアドレナリン神経の働きはほとんど明らかでなかった。
 今回、我々は、恐怖条件づけという学習とその消去学習時の青斑核ノルアドレナリン神経の役割についてラットを用いて検討を行った。恐怖条件づけは、本来恐怖を誘発しない音をラットに提示した後に、恐怖体験として軽い電気ショックを脚に与える訓練を繰り返し行うと、ラットは音によって電気ショックの到来を予測することを学習し、音に対してすくみ反応という恐怖反応を示すという学習モデルである。その後、音のみを繰り返し提示し続けると、電気ショックは音の後には来ないという消去学習が成立し、音に対するすくみ反応は徐々に減少する。我々は神経回路を選択的に標識する技術を用い、青斑核のノルアドレナリン神経細胞群は均一ではなく、扁桃体と前頭前野に投射する神経群がそれぞれ異なることを明らかとした。さらに光により神経活動を亢進もしくは抑制する光遺伝学を用いることにより青斑核→扁桃体群は恐怖学習に重要であり、青斑核→前頭前野群は消去学習に必要であることを発見した。これらの結果から、青斑核に存在するノルアドレナリン神経はすべて均一の神経細胞群で脳の各領域に一様に分布するという従来の考えとは異なり、特異的な機能をもつ神経群が存在することが明らかとなった。
 不安障害などの精神疾患に対して、現在、ノルアドレナリンを標的とした治療薬が一部で用いられている。今後、さらに研究を発展させることで、ノルアドレナリン神経のタイプや分布先の脳領域を限定したより効果的な治療の開発につながることが期待できると考えられる。

Modular organization of the brainstem noradrenaline system coordinates opposing learning states.
Akira Uematsu, Bao Zhen Tan, Edgar A. Ycu, Jessica Sulkes Cuevas, Jenny Koivumaa, Felix Junyent, Eric J. Kremer, Ilana B. Witten, Karl Deisseroth, Joshua P. Johansen
Nature Neuroscience20, 1602–1611(2017) DOI: 10.1038/nn.4642

<図の説明>
青斑核ノルアドレナリン神経には扁桃体と前頭前野に投射する異なった神経群が存在する。光遺伝学を用いた実験により、扁桃体投射群は恐怖条件づけに重要であるある一方、前頭前野投射群は消去学習に重要であることが明らかとなった。

<研究者の声>
 民間企業を辞めて、ポスドクになるという皆さんから不思議がられるキャリアパスを通って基礎研究の世界に戻って来ました。Joshラボでの研究生活は、最初は英語が早すぎてついていけないこともありましたが、日本にいながら留学しているかのように研究できとても充実しています。
青斑核はラットでもかなり小さい神経核で、かつ静脈洞が真上にあるため、最初は青斑核を狙うのに苦労しました。また、電気生理の実験ではかなりの数の手術をしました。ビギナーズラックで、2匹目の動物でレーザーに反応する神経を見ることができたときはかなり感動したのですが、その後はなかなか光に応答する神経活動が取れずひたすら電極を作り、ベクターを打っては電極を埋めての作業を繰り返したのを覚えています。これからも、時に苦しくも楽しい基礎研究の道を突き進んでいきたいと思います。

<略歴>
2007年 東京大学農学部獣医学専攻卒業後、味の素株式会社に入社。2011年に東京大学大学院農学生命科学研究科獣医学専攻にて博士号を取得後、2013年より理化学研究所脳科学総合研究センターJohansen研究室 研究員。