【神経科学トピックス】
作業記憶(ワーキングメモリー)に必要な海馬の神経活動を解明

 複数の報酬の場所を覚えるような迷路課題をラットに解かせて、海馬-歯状回が作業記憶に必要な脳領域であることを示しました。また、海馬の神経細胞は、保持すべき空間作業記憶に対応して、活動パターンを動的に変化させることを示しました。

 動物は、作業に必要な情報を一時的に記憶し、その記憶に基づいて作業を実行することが出来ます。こうした記憶は、「作業記憶(ワーキングメモリー)」と呼ばれ、前頭皮質などの脳領域が重要であると考えられてきました。一方、海馬は、過去の出来事に関する記憶(エピソード記憶)の獲得や保持に重要であることは知られていましたが、作業記憶との関連は明らかではありませんでした。
 そこで本研究では、ラットに迷路課題を解かせることで、作業記憶における海馬-歯状回の役割と神経回路メカニズムを調べました。この課題では、ラットは、8方向にアームが伸びた放射状迷路にて、端に置かれた報酬を得ます。この課題を正しく解くには、これまでに訪れた場所とまだ訪れてない場所を記憶しておく必要があります。これは作業記憶の中でも、場所に関する記憶なので、空間作業記憶と呼ばれます。正常のラットでは、この行動課題の正解率は70%以上でしたが、歯状回を破壊したラットでは、課題の正解率が30%程度まで低下しました。このことは、歯状回が空間作業記憶に必要であることを示唆します。
 さらに詳細なメカニズムを調べるため、歯状回の神経投射先である海馬CA3野に電極を刺入し、神経活動を記録しました。特に海馬の神経細胞集団の同期活動であるリップル波に注目しました。リップル波は、記憶の固定や行動の予測に必要と考えられており、この活動が消失すると、行動課題が正確に実行できなくなります。正常ラットでは、海馬CA3野にてリップル波が検出されましたが、歯状回を破壊すると、この活動が減少しました。リップル波に含まれる同期活動をさらに解析したところ、海馬CA3野の場所細胞の発火が見出されました。場所細胞は、動物が特定の位置にいるときに選択的に活動し、空間認識に重要な役割を担います。正常ラットでは、リップル波に含まれる場所細胞の発火は、訪れるべき報酬位置に対応して次々と変化しました。歯状回破壊ラットでは、そのような特徴が消失しました。すなわち、この課題を正しく実行するには、行動に対応した場所細胞の活動が重要であることが分かります。
 以上の研究により、作業記憶における海馬-歯状回の役割、そして、その神経生理メカニズムの一端が解明されました。本研究成果は、記憶すべき情報が変化していく環境において、適切に作業を進めるための脳メカニズム解明の一助になると期待されます。

掲載ジャーナルの詳細
Takuya Sasaki, Veronica C Piatti, Hwaun Ernie, Siavash Ahmadi, Stefan Leutgeb, and Jill K Leutgeb
Dentate network activity is necessary for spatial working memory by supporting CA3 sharp-wave ripple generation and prospective firing of CA3 neurons.
Nature Neuroscience, in press (2018)
doi:10.1038/s41593-017-0061-5
https://www.nature.com/articles/s41593-017-0061-5

著者
佐々木 拓哉
東京大学大学院薬学系研究科

研究者の声
 この研究は、私が2013年から2014年までの留学中に行ったものです。実験そのものはこの時点で終わったのですが、論文を投稿し、審査員の指摘に応えるデータ解析に2年以上かかってしまいました(リバイス5回)。受理された時は、喜びよりも、解放された気分でした。留学中は時間に余裕があることが多いですが、帰国後は大抵、新しい実験グループの立ち上げや運営に追われます。さらに、些細な意思疎通を確認するだけでも、海外との交信には時間がかかります。ラボ所属中に(海外の場合は特に)仕事をまとめずに異動すると、痛い目に遭うことが本研究から示唆されました。この教訓を今後に活かしたいと思います。


略歴
佐々木拓哉(SASAKI Takuya)
2011年 東京大学大学院薬学系研究科修了、2011年 博士 (薬学)。2011年 日本学術振興会特別研究員(PD)(埼玉大学脳科学融合研究センター、生理学研究所)、2013年 日本学術振興会海外特別研究員(カリフォルニア大学サンディエゴ校)、2014年 東京大学大学院薬学系研究科助教、2017年 科学技術振興機構さきがけ研究員(兼任)。


図の説明
(A) 報酬位置を一時的に記憶するような8方向放射状迷路課題をラットに解かせました。海馬上流の歯状回を破壊すると、課題成績が有意に低下しました。(B) 正常ラットでは、報酬時に歯状回顆粒細胞の発火率上昇と、海馬CA3野の同期活動「リップル波」の発生頻度上昇が観察されました。歯状回からの神経入力を緑矢印で示します。(C) 一方、歯状回を損傷したラットでは、海馬CA3野の報酬依存的なリップル波の発生頻度が有意に減少しました。