【神経科学トピックス】
「無知の知」を生みだす脳のはたらきを解明

東京大学大学院医学系研究科
博士研究員  宮本健太郎 

前頭極と呼ばれる前頭葉の先端部に位置する脳領域が、未知の図形の記憶に対する確信度判断を司ることが、マカクサルに対する実験によって明らかになりました。前頭極は「無知の知」を生みだす神経中枢の役割を果たしていることが示唆されました。

 ソクラテスの唱えた「無知の知」に代表されるような、自分自身が経験したことのない出来事に対して評価を行う心のはたらきは、抽象的で概念的な思考を行うために重要です。もっと身近な日常場面においても、たとえばパーティーやレセプションで、初めて会う人に対して挨拶する際に、「その人と過去に会ったことがない」という事実に対する確信の程度によって、相手の心を傷つけないように挨拶の仕方を変えることがあるように、私たちは経験していない出来事に対しても絶えず自己評価を行いながら行動しています。しかし、どのような脳のはたらきが「未知との遭遇に対する内省的判断」を実現しているのか全く分かっていませんでした。
 私たちは、ヒトと生物学的に近しいマカクサルに対して記憶課題を課し、さらに記憶課題における自身の回答に対してどれくらい自信があるか、確信度の判断を行うように要求しました。確信度の評定が、記憶に基づいて適切に行われているか、言語を持たないサルにおいて裏付けるために、賭けパラダイムを用いました。具体的には、サルが「自信あり」(高リスク選択肢)を選ぶと、正解時には多量のジュースを与えるものの、不正解時にはジュースを与えませんでした。一方で「自信なし」(低リスク選択肢)を選んだ場合は、正解・不正解に関わらず、少量のジュースを与えました(Miyamoto et al., 2017, Science, 355)。するとサルは、未経験の出来事を「未知」だと正しく回答した際に、不正解だった時に比べて、より高頻度で「自信あり」の高リスク選択肢を選ぶことから、未経験の出来事に対して適切に確信度判断を行っていることが確かめられました。そこで、課題遂行中のサルの脳活動を磁気共鳴機能画像法(fMRI法)で計測しました。その結果、両側の前頭極(10野)が、未経験の出来事への確信度判断の成績と比例して、活動を強めることが分かりました。この脳領域は、過去に経験した出来事への確信度判断を担う前頭葉領域(9野)とも異なっていました。また前頭極は、確信度判断課題中に、記憶の想起を司る海馬と相互作用しながら活動していることも確かめられました。さらに、神経活動を抑えるような薬剤(GABA-A受容体作動薬;ムシモール)を同定した前頭極の脳領域に注入し、神経活動を一時的に抑制したところ、過去に経験した出来事への確信度判断を行う能力や、出来事自体を過去に経験したか否かを判断する能力は正常に保たれるものの、未経験の出来事への確信度判断を適切に行うことが出来なくなりました。
 本研究により、進化的に最も新しい大脳領域として知られる前頭極に「無知の知」に特化した神経基盤が存在することが初めて明らかになりました。前頭極の機能をさらに調べることで、「無知の知」に基づいて、自身の知らない情報を集めたり、新しいアイデアを生みだしたりする際に働く高度な思考が、どのように生みだされるのか解明されるのではないかと期待されます。

Reversible silencing of the frontopolar cortex selectively impairs metacognitive judgment on non-experience in primates
Kentaro Miyamoto, Rieko Setsuie, Takahiro Osada, Yasushi Miyashita
(2018)
Neuron
97(4)
頁番号 p.980 – 989

<図の説明>
(A)

fMRIを用いた脳機能マッピングによって同定された前頭極(10野)の活動領域をムシモールの微量注入によって一時的に不活性化すると、未経験の出来事への確信度判断に特異的な機能不全がもたらされました。

(B)

「無知の知」を生み出す脳のはたらき。前頭極(10野)は、記憶想起を担う海馬と相互作用することで、未知の出来事への確信度判断を担っていることがわかりました。さらにこの領域は、過去に経験した出来事への確信度判断を担う前頭葉領域(9野)とは異なっていました。これらの結果から、前頭葉の神経ネットワークが、未知の事象と既知の事象を異なる情報伝達系に基づいて処理し、その両方が統合されて、「既知感・未知感」という意識体験を生み出していることが示唆されました。

<研究者の声>
本研究は、脳機能マッピングにおいて同定した前頭極の活動領域のみを、一時的に不活性化し、行動への影響を検証することで、前頭極の活動が「無知の知」の認知処理過程と相関するだけではなく、前頭極のはたらきが「無知の知」の自覚を生み出だすという脳と行動の因果的な関係を初めて示しました。従来、哲学的・文学的なアプローチの範疇と考えられてきた高度な思考のはたらきを、脳の機能・メカニズムという観点を媒介に、自然科学的な方法論によって一つずつ解明していく過程は、まさに神経科学の醍醐味のひとつではないかと思います。一緒に研究を進めて下さった共著者の方々をはじめ、応援して下さったすべての皆様に深く感謝いたします。

<略歴> 
2008年、東京大学教養学部生命・認知科学科(村上郁也准教授)卒業。2010年、東京大学大学院医学系研究科(宮下保司教授)修士課程 修了。2014年、 同 博士課程 修了。同 博士研究員(日本学術振興会特別研究員[PD])を経て、2017年6月より、英国オックスフォード大学実験心理学部(Matthew Rushworth教授) 博士研究員(日本学術振興会海外特別研究員)。