【神経科学トピックス】
クリスパー遺伝子活性化によるアルツハイマー病細胞モデルの作製

Columbia University Medical Center
井上 敬一

アルツハイマー病では、アミロイドベータ(Aβ)の蓄積が原因のひとつとして考えられています。今回、アルツハイマー病患者の皮膚細胞に、クリスパー遺伝子活性化技術を適用することにより、Aβが蓄積するアルツハイマー病培養細胞モデルを作製することに成功しました。

疾患の研究をおこなう上で、適切な疾患モデルを解析することは大変重要です。なかでも患者から採取した病態細胞を解析することは、その病気が発症するメカニズムの解明や治療法の開発に役立つだけでなく、将来的には個別化医療にもつながると期待されます。しかしながら神経疾患の研究を進める上で、患者から神経細胞を採取し培養することは一般的に困難です。一方、採取が容易な皮膚細胞は、病態を現わすのに必要な遺伝子が充分に発現していないため、期待する病態を示さない可能性があります。本研究では、家族性アルツハイマー病患者から採取し培養した皮膚細胞に、簡単な遺伝子操作を加えることで、その病態の一部を再現することに成功しました。

アルツハイマー病は、高齢者における最も一般的な認知症で、病気の後期には脳組織が著しく萎縮します。患者の脳内では、毒性の高い長いアミロイドベータタンパク質(Aβ)が蓄積しており、これが病気の原因のひとつとされています。プレセニリンの遺伝子変異は、家族性のアルツハイマー病を引き起こしますが、その機能の一つは、毒性の高い長いAβを切断し、毒性の低い短いAβに「処理」することです。そのため患者の脳では、この「処理能」が低下しています。しかしながらプレセニリン変異を持つ患者の皮膚細胞と、正常の皮膚細胞を単純に比べても、「処理能」に違いは見られませんでした。

皮膚細胞では、神経細胞に比べ、Aβの産生に関わるAPPとBACE1という2つの遺伝子の発現量が低いことが知られています。そこで本研究では、APPとBACE1の発現量を人為的に増加させることにしました。簡便に任意の遺伝子の発現を活性化することができるクリスパー遺伝子活性化技術を用いて、皮膚細胞でAPPとBACE1の発現量を増加させると、Aβとその前駆体の産生量が増加しました。さらに期待どおり、患者の皮膚細胞ではAβの処理能の低下が見られました。

本研究により、患者由来の皮膚細胞にクリスパー技術を適用することで、簡便にアルツハイマー病モデル細胞を作製できることを示しました。今後この細胞モデルを用いて、治療のターゲットとなる分子の探索や、病態メカニズムの解明が可能となると期待されます。

CRISPR Transcriptional Activation Analysis Unmasks an Occult γ-Secretase Processivity Defect in Familial Alzheimer’s Disease Skin Fibroblasts.
Keiichi Inoue, Luis M.A. Oliveira, Asa Abeliovich
2017
Cell Reports
21 (7); p1727 – p1736


<図の説明>
(A) プレセニリン遺伝子に変異を持つアルツハイマー病患者から採取した皮膚細胞を培養し、Aβの量を測定しても、発症につながると考えられる長いAβは正常に短いAβへと処理されていました。
(B) 同じ変異を持つアルツハイマー病患者の皮膚細胞に、クリスパー技術を用いてAPPならびにBACE1の遺伝子発現を活性化させると、長いAβは短いAβへと充分に処理されず、患者の脳内で見られる「処理能の低下」が見られました。

<研究者の声>
今回の仕事はもともと、患者由来の皮膚細胞やiPS細胞から人為的に神経細胞を誘導することで、アルツハイマー病モデル細胞を作成しようと開始したものです。しかしながら神経細胞を誘導する方法は、長期間の培養や煩雑な操作、高価な試薬が必要で、どこの研究室でも手軽に実行可能とは言えない状況でした。そこで上記の問題を克服し、より簡便に病態モデル細胞が作れないかと考えたことが今回の論文につながりました。もっとも皮膚細胞を用いた病態モデルですので、神経細胞の形態や機能の評価には利用できないという課題は残ります。今後、他の神経疾患でも同様のアプローチで病態モデル細胞を作成できないか、挑戦してみたいと考えています。

<略歴>
1998年京都大学農学部卒業、2003年東京大学大学院農学生命科学研究科応用動物科学専攻にて博士号(農学)取得。理化学研究所脳科学総合研究センター、東京医科歯科大学難治疾患研究所を経て、2005年より米国コロンビア大学医学部病理学博士研究員、2016年同大学アシスタントプロフェッサー。2017年12月より、米国Prevail Therapeutics上級研究員。