【神経科学トピックス】
感覚入力と行動の相関関係からどのように神経メカニズムを推定できるか?

ニューヨーク大学 神経科学センター    
(Center for Neural Science, New York University)
博士研究員  岡澤 剛起    

感覚入力が行動へと変換される脳の仕組みを推定するために、入力刺激にわずかなノイズを加えそれに対する行動の変化を測定する方法(心理物理学的逆相関法)が広く使われてきました。本研究はこの手法の従来解釈に問題があることを明らかにし、より正確な活用の仕方を提案しました。

生物の多くの行動は感覚刺激に基づいて選択されます。例えば、ある種の昆虫はより光の強い方へと徐々に集まってきますが、このとき、どのように感覚入力が脳内で行動へと変換されるのでしょうか?この疑問を解決するために広く用いられている方法として、心理物理学的逆相関法(以下、逆相関法)があります。この手法は、入力刺激に僅かなノイズを加え、それに対する行動の変化を測定するものです。例えばヒト被験者が、点灯し続ける電球を見た後、これが基準より明るいか暗いかを返答するとします(図A;この返答が行動にあたります)。この際、試行ごとに僅かに電球の明るさをランダムに変動させて、被験者の行動にどう影響するかを判定します。具体的には、「明るい」と返答した試行と「暗い」と返答した試行での明るさのゆらぎの差分を計算することで刺激と行動の相関を見るのが逆相関法です。

従来、この手法により感覚システムの処理特性が理解できるとされてきました。例えば、電球点灯直後の明るさのゆらぎがより強く行動に影響していた場合、それは視覚システムが点灯直後の明るさに、より高い感度を持っていたからだと解釈することが考えられます(図B)。一方、意思決定メカニズムから結果を説明する論文も見られるようになってきました。例えば、脳内で知覚情報が徐々に蓄積されていき、それが閾値に達したときに行動プランが生じるという意思決定システムが働いているとします(図C)。閾値に達した後の電球の明るさのゆらぎは被験者の行動には影響しないので、結果的に電球点灯直後のゆらぎの方が行動により相関するという、感覚システムによる解釈と似たパターンが得られます。

では感覚システム、意思決定システム、どちらの説明が正しいのでしょうか。本研究は、2つの解釈を逆相関法から区別することは不可能であることを示しました。どちらの仕組みも常に脳内で働いており、一方のシステムの影響だけを逆相関法から単離することができないからです。より具体的には、被験者の反応直後に刺激が消える反応潜時課題を使っても2つのシステムの影響が区別できず、特に意思決定システムについては僅かな仮定の違い(例えば閾値の経時的変化の有無)で結果が変わるので、逆相関法の結果のみから何らかの脳の仕組みを推定するのは困難であるということを明らかにしました。これは、逆相関法を使った従来研究の一部に再解釈が必要な可能性を示唆しています。

それでは逆相関法は役に立たない手法なのでしょうか。そうではなく有効な使用法があると私たちは主張します。私たちが提案するのは、逆相関法だけでなく別の行動データ(弁別閾や反応潜時)も活用し、それら多角的なデータをすべて定量的に説明する感覚システムと意思決定システムの計算論モデルを同時に構築するという方法です。実際に、私たちはこの方法を実験結果に適用し、以前の解釈と比べて信頼性の高い結論が導き出せるという事を示しました。本研究は、心理物理学的逆相関法の不適切な解釈が誤った神経メカニズムの理解を導く危険性を指摘するとともに、適切な解釈により、この方法が感覚システムと意思決定システムの双方の理解に役立ちうることを示しました。

Psychophysical reverse correlation reflects both sensory and decision-making processes. Gouki Okazawa, Long Sha, Braden A. Purcell, Roozbeh Kiani (2018) Nature Communications 9(1):3479


<図の説明>
(A)心理物理学逆相関法では、刺激にランダムなノイズを加え、被験者が異なる返答をした際のノイズのパターンの違い(差分)を計算することでノイズの行動への影響を定量化します。(B)結果の一つの解釈は、感覚システムの感度やフィルタ特性が反映されるというものです。(C)もう一つの解釈は、意思決定システムの特性が反映されるというものです。例えば入力情報を徐々に蓄積し、閾値に達したときに行動プランが決定されるというメカニズムなら、閾値到達後の入力ノイズは行動に影響しなくなります。本研究は、この2つの解釈が逆相関法からは区別できないことを示し、この手法を使った従来研究の再解釈を促すとともに、この問題の解決策を提案しました。

<研究者の声>
本研究は必ずしも広く一般には理解されないかもしれませんが、システム神経科学における一つの基本的な概念の理解を着実に深めた重要論文になったと考えています。と言うと自画自賛のようですが、私は手を動かすばかりで、論文の核である概念的な問題についてはボス(Roozbeh Kiani)が頭を捻っているのをほとんど傍観していただけなので、あまり貢献したように感じられていません。次こそは自らの手で神経科学の発展に貢献する研究ができるよう努力を続けていきたいと思います。また、これまで指導いただいた先生方やラボの同僚、サポートいただいたグラント(日本学術振興会、Charles H. Revson Foundation)に謝意を表します。

<略歴>
2008年 京都大学総合人間学部 卒業、2013年 総合研究大学院大学生命科学研究科 卒業、博士(理学)、2013-2015年 自然科学研究機構生理学研究所 研究員、2015年- 現職