演題詳細
Educational Lectures
基礎脳科学者のための精神疾患臨床ABC教育コース
開催日 | 2014/9/11 |
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時間 | 9:00 - 11:00 |
会場 | Room D(503) |
Chairperson(s) | 喜田 聡 / Satoshi Kida (東京農業大学応用生物科学部バイオサイエンス学科 / Department of Bioscience, Tokyo University of Agriculture, Japan) |
統合失調症の遺伝学的理解
- EL1-3
- 吉川 武男 / Takeo Yoshikawa:1
- 1:理化学研究所 脳科学総合研究センター / Lab.for Molecular Psychiatry, RIKEN BSI.
統合失調症は、精神疾患の中でも最も重篤なものの1つで、経過の中で幻聴や妄想、認知機能の障害を伴う。精神疾患の病名は、横断的症状や縦断的経過に基づいた分類であるため、「統合失調症」の原因や病態は非常に異質的であると想定される。糖尿病やガンなどの身体疾患と同様、統合失調症をはじめとした精神疾患の発症機構には、①脳の発達段階から影響する環境要因や、②ゲノム上の多数の関連変異や遺伝子、が考えられている。後者に関しては、今世紀に入ってからのゲノム科学・情報、解析プラットフォームの急速な進歩により、最近では大規模研究(“big science”)が行われ、統合失調症の遺伝学的アーキテクチャの概要が、おぼろげながら見え始めてきた。
現時点までに報告されているゲノム基盤の主要な点は、以下のような知見である:
(1) 頻度の多い(common: minor allele frequency ≧ 0.01)、多数の一塩基置換(SNP)および周辺のゲノム変異が数千の単位で関与している(周辺としたのは、遺伝子研究では調べたSNPそのものがcausativeとは限らず、それと“連鎖不平衡”にあるゲノム変異が真のリスク要因である可能性があるため)(GWASの研究結果)。人種を越えて、MHC領域のコモンなゲノム多型が統合失調症に関連している。
(2) 稀な変異や新生変異(de novo mutation)(タンパクの構造を変えるものを含む)も統合失調症で有意に蓄積されている(EXOME SEQUENCINGの研究結果)。その中の遺伝子(クラスター)としては、voltage-gated calcium ion channelやARC (activity-regulated cytoskeleton-associated scaffold protein of the postsynaptic density), コピー数多型(CNV: copy number variation), Fragile X症候群の原因遺伝子産物FMRPの標的遺伝子群等が検出されている。
(3) L-type calcium channelの関連については、GWASとEXOME SEQUENCINGの両アプローチから指摘されている。
(4) 統合失調症では、20人の罹患者のうち1人の割合で100 kb以上の長さのCNVが検出され、そのようなCNV領域にはpostsynaptic densityやNMDA signalling関連の遺伝子が含まれる。
(5) 以上のように、統合失調症の”polygenicity”は“surprising”である。
(6) 「病名」を超えて共通するゲノム変異が見つかってきており、この事実は診断基準の作成にも影響を与えている。
(7) 上記の研究は欧米のコンソーシアムが中心に行ったものであるので、日本人における具体的な関連遺伝子やゲノム変異は、オーバーラップとともに異なる部分も少なくないと考えられる。
現状ではゲノムから実際の症候までのギャップは大きく、今後はそのギャップを埋めるべく神経科学や生物学研究者による「脳の複雑性」を解明する努力を必要としている。この努力は、罹患者の根本的治療や、ひいては発症予防の開発にかかせないものである。