神経科学における動物実験に関する指針

神経科学における動物実験に関する指針

2015年9月25日
日本神経科学学会

前文

  1. 指針の目的
     本指針は、日本神経科学学会の会員に、動物実験の意義を理解し、法律を遵守した動物実験の適正な実施を促すことを目的として定めるものである。
  2. 神経科学研究の社会的意義と動物実験の必要性
    1)神経科学研究の社会的意義
     神経科学の研究の目的は、脳・神経系の構造と機能について科学的理解を深めることにある。この目的を達成することよって、脳・神経系を侵す病気と障害のメカニズムを解明し、診断・予防・治療の方法を開発することができる。これまでの神経科学の研究によって得られた知識は、すでに多くの成果をあげ、社会に著しく貢献してきた。しかし、脳・神経系にはまだまだ未知の謎が多い。たとえば、社会の高齢化にともなう認知症患者の増加、うつ病や統合失調症などの精神障害、自閉症スペクトラムを中心とした発達障害など現代社会が抱える問題の多くは、脳・神経系の機能と密接に関係しており、その解明が急がれている。また、脊髄損傷や、いわゆる神経難病など、治療の困難な神経系の病気も多く治療法の開発が望まれている。さらに、脳内の情報処理機構の解明は、ブレイン・マシン・インターフェース(BMI)や人型ロボットの開発の基礎となる。従って、人類の将来の生存と発展のため、脳・神経系の構造と機能について基礎的な研究の進展が今後とも不可欠である。

    2)動物実験の必要性
     脳・神経系においては、数多くの機能性物質が神経細胞を形成し、さらに多数の細胞が有機的に集合して複雑なシステムをつくっている。そこで営まれる機能は、ヒトが日常行う認知、記憶、推論、判断、行動選択等の機能のみならず、精神現象、そして心に関わる深遠な働きの舞台となっている。したがって脳・神経系を理解するには、まず脳を形成する物質や細胞をとりだし、その構造と作用のしくみを詳細に調べる必要がある。次に脳は複雑な神経回路が協調して働くことによってその機能を発揮するので、実際に働いている脳を対象として、脳が全体として働くときの動作原理を知る必要がある。そのためには、行動する動物の脳を対象にし、脳の中に立ち入ってその働きの実態を解析することも必要である。ヒトを被験者とする実験については、非侵襲が原則で、臓器や組織、細胞に立ち入って、働きを詳しく解析することができない。従って、上記のような研究においては動物実験が必要不可欠である。動物実験によって初めて、ヒトの脳の理解、ヒトの脳を対象にした医学が進み、診断や治療の有効性と安全性が確認されるのである。

  3. 法律を遵守した動物実験の適正な実施
     我が国の動物実験は、『動物の愛護及び管理に関する法律』(以下、動物愛護管理法)、『実験動物の飼養及び保管並びに苦痛の軽減に関する基準』(以下、基準)によって規定されている(参考資料1、2、12、13)。
     『動物愛護管理法』には、動物実験を補う方法があれば積極的に取り入れること(Replacement)、少数の実験動物で有効に科学的成果を生むように努力すること(Reduction)、そして実験に使う動物の生命を尊重し、実験に伴う苦痛やストレスを最小限に抑え、飼育施設を整備して快適な環境で飼育するよう最大限の努力をすること(Refinement)の3Rの原則が明文化されている。また『基準』においては、動物実験は「生命科学の進展、医療技術等の開発等のために必要不可欠なものである」が、実験動物に対しては3Rの原則のもとに「感謝の念及び責任をもって適正な飼養及び保管並びに科学上の利用に努めること」とされている。
     『動物愛護管理法』および『基準』に基づき、動物実験の適正な実施について、文部科学省、厚生労働省、農林水産省はそれぞれ指針(文部科学省『研究機関等における動物実験等の実施に関する基本指針』、厚生労働省『厚生労働省における動物実験等の実施に関する基本指針』、農林水産省『農林水産省の所管する研究機関等における動物実験等の実施に関する基本指針』、参考資料3、4、5)(以下、指針)を策定している。
     各研究機関等は、『動物愛護管理法』、『基準』、管轄省庁の『指針』、および日本学術会議が策定した『動物実験の適正な実施に向けたガイドライン』(参考資料6)に基づいて、動物実験等に関する具体的な機関内規程を定め、機関の長を責任者として機関管理のもと動物実験を適正に実施することとされており、すべての動物実験は以上の規程のもと適正に実施されなければならない。また、実験動物や実験の種類により『遺伝子組換え生物等の使用等を規制する生物の多様性確保に関する法律』、『特定外来生物による生態系等に関わる被害の防止に関する法律』『特定動物等の飼養又は保管の方法の細目』(参考資料7、8,9)等の法規についても遵守しなければならないことはもちろんのことである。

本文

  1. 研究機関における動物実験
     各研究機関での動物実験は『指針』に基づいて機関管理のもと、適正に実施されなければならない。以下にその概要を示す。
    各研究機関における動物実験等に関する責任は研究機関長に一元化されており、そのもとで機関内規程が策定され、動物実験委員会が設置されている。動物実験を実施するにあたっては、動物実験委員会において動物実験計画の審査をうけ、機関承認を受けることは必須であり、また、動物実験実施者は教育訓練を受ける必要がある。
    また、この機関管理についてはその透明性の確保のため、定期的な自己点検・評価を行うだけでなく、当該研究機関等以外の者による外部検証を受けることが推奨され、さらに、適切な方法による情報公開がなされなければならない。
  2. 動物実験の実施
    1)疼痛や苦痛の除去、軽減
     動物に苦しみや痛みを与えないように、実験中は最大限の努力をしなければならない。
    動物に外科処置を行なう時は、術前管理、滅菌、消毒、感染予防などの配慮をし、動物の苦痛を取り除くために術前・術中の投薬と麻酔、術後の投薬と介護を十分に行なわなければならない。動物の身体を拘束する場合は、十分に適応させてから実験を行なう。給水、給餌の制限をする場合には、動物が苦痛を感じない範囲で健康状態をチェックしながら行なう。特に、苦痛軽減のための麻酔薬の使用には最大限の配慮が必要である。

    2)動物実験ファイルの作成と保存
     実験者および各研究機関は、動物実験の実施状況を記載した動物実験ファイルを作成し保管しなければならない。動物実験ファイルには、承認された動物実験計画書のコピー、健康上の問題および事故が生じた場合の対応と経過の記録、研究成果と発表方法を含むものとする。

    3)実験終了後の処置
     実験終了後に動物を処分する時には、動物福祉の観点にそった安楽死処置をしなければならない。安楽死処置とは、疼痛や苦痛を伴わずに速やかな意識消失と死を誘導する行為をいう。一般的には、『動物の殺処分方法に関する指針』(参考資料10)に準拠し、麻酔薬の過剰投与などでこれを行なう。

  3. 動物の入手と搬入の方法
     すべての動物は法規に従って入手しなければならない。野生動物を実験に使用する場合は、自然保護を考慮し正規の手続きをとって取得したものに限る。輸入動物を使用する場合は、自然保護のためのワシントン条約を遵守する。動物の搬入に当たっては、実験者および飼育技術者への感染および動物間の感染を防止するために、獣医師など専門的知識を有する者が必要に応じて動物の検疫を行う。特に人獣共通感染症については綿密な検査が必要である。
  4. 動物の飼育管理
    1)科学的根拠に基づいた飼育管理
     実験動物の飼育管理は、獣医学、実験動物学の知識と技術ならびに経験に基づいて行われなければならない。その管理には、身体のみならず、動物福祉に配慮して行動・心的状態も健康に保つことも含まれる(参考資料11)。各機関においては「飼育管理マニュアル」を整備する。

    2)実験者・飼育技術者の衛生と安全
     動物の飼育管理と実験の全体を通じて、実験者・飼育技術者にとって安全で健康的な職場環境を維持することが必要である。動物による咬傷等の防止、感染の防止に努め、特に人獣共通の感染症に対して感染防止に万全を期することが重要である。

    3)建物・設備
     動物は、動物実験施設で清潔で安定した環境で飼育することを原則とする。やむを得ず、動物実験施設以外で飼育する場合には、逃亡、盗難に対し十分な対策を講じ、騒音・臭気等を防止し、感染予防策を講じた注意深い飼育管理が必要である。優れた飼育管理を行い、職員を健康で快適に過ごさせるには、職員区域と実験動物の飼育区域を分離して設置することを推奨する。

    4)動物の飼育環境と飼育管理
     動物を飼育するケージは、動物種と個体の大きさに応じて快適に生活できる広さが必要である。ケージとその周辺は清潔に保ち、換気、照明、温度、湿度のコントロールを行う。飼料は嗜好にあった、栄養学的に適したものを与え、新鮮な水が容易に得られるようにする。さらに動物種特有の行動や運動が出来るように配慮し、動物の不安やストレスを軽減するよう心掛ける。

    5)疾病管理
     動物の健康状態は定期的に調べ、動物種の特性に応じた疾病対策を行う。病気の動物を発見したときには、速やかに獣医師など専門的知識を有する者の助言を受けて、感染拡大の防止等のために適切な処置をとらなければならない。

  5. 日本神経科学学会動物委員会
    日本神経科学学会動物委員会は国内外の動物実験に関する最新の動向を調査し、会員に周知するとともに、各研究機関から問い合わせがあったときには、必要な助言を与える。

参考資料
1.『動物の愛護及び管理に関する法律』
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S48/S48HO105.html
2.『実験動物の飼養及び保管並びに苦痛の軽減に関する基準』
https://www.env.go.jp/nature/dobutsu/aigo/2_data/nt_h180428_88.html
3.『研究機関等における動物実験等の実施に関する基本指針』
http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/nc/06060904.htm
4.『厚生労働省における動物実験等の実施に関する基本指針』
http://www.mhlw.go.jp/general/seido/kousei/i-kenkyu/doubutsu/0606sisin.html
5.『農林水産省の所管する研究機関等における動物実験等の実施に関する基本指針』
http://www.maff.go.jp/j/kokuji_tuti/tuti/t0000775.html
6.『動物実験の適正な実施に向けたガイドライン』
http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-20-k16-2.pdf
7.『遺伝子組換え生物等の使用等を規制する生物の多様性確保に関する法律』
http://www.waseda.jp/inst/ore/assets/uploads/2015/03/n790_01.pdf
8.『「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律』
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H16/H16HO078.html
9.『特定動物等の飼養又は保管の方法の細目』
https://www.env.go.jp/nature/dobutsu/aigo/2_data/laws/nt_h180120_22.pdf
10.『動物の殺処分方法に関する指針』
https://www.env.go.jp/nature/dobutsu/aigo/2_data/laws/shobun.pdf
11.NIH/ILAR: Guide for the care and use of laboratory animals、Institute of Laboratory Animal Resources Commission on Life Sciences National Research Council、2010 鍵山直子(他)訳:「実験動物の管理と使用に関する指針」(第8版)アドスリー、2011
12.改正動物愛護管理法Q&A 動物愛護論研究会(編) 大成出版社 2006
13.動物愛護管理業務必携 動物愛護管理法令研究会(編)大成出版社 2006