「ヒト脳機能の非侵襲的研究」*の倫理問題等に関する指針 改訂にあたっての声明

2010年1月8日
 脳は、認知、行動、記憶、思考、情動、意思など、人間の心の働きの基盤をなすものとして、古くより科学的研究の対象となってきたが、その極めて複雑で精緻な構造と機能ゆえに自然科学的な研究は動物を使った研究など限られたものであった。しかるに、前世紀末ごろより進展したテクノロジーの応用により、生きた人間の脳を非侵襲的に画像化しその機能を計測しうる自然科学的方法、手段が出現してきた。さらに、最近は、脳機能を画像化する機器の普及により、その方法の意義と限界を十分に理解しなくても使用できる状況となっている。
 その結果、脳の働きについて、一般社会に不正確あるいは拡大解釈的な情報が広がり、科学的には認められない俗説を生じたり、或いは脳科学の信頼性に対する疑念を生じたりする危険性が増大している。このような現状認識にたって日本神経科学学会では、2001年に策定した「ヒト脳機能の非侵襲的研究の倫理問題などに関する指針」をこのたび大幅に改訂した。日本神経科学学会は、日本神経科学学会会員のみならず、非侵襲的なヒト脳機能研究を行おうとする研究者に本指針の遵守を求めるものである。
 脳科学の発展と進歩の礎は、被験者やさまざまな関係者を始めとする社会からの信頼を獲得し、研究の社会的有用性と意義を十分に認識してもらうことにある。特に、非侵襲的脳研究は人の尊厳に直結した「心」の領域をも研究対象とすることから、例えば、“心を操作されるのではないか”といった、危惧や懸念を社会に引き起こすことのないよう充分な配慮が求められる。
 現在、脳科学に対してはかなりの公的な財政的支援がなされているが、このような状況においては研究成果の社会への還元が求められている。そのため報道や書籍などのメディアを通しての研究成果の周知活動、或いは公開講演会などのアウトリーチ活動が推奨されている。そのような場においては、研究成果が正しく伝わり、上述のような擬似脳科学あるいはいわゆる「神経神話」が生じないよう、成果を社会がどのように受け取るのかを考慮したうえ研究結果を発表することが重要である。また、マスメディア等への発表の際には、研究成果の科学的根拠が明確となるよう、学会発表、出版論文などの出典を明らかにすべきである。
 最後に、最も重要な点として、非侵襲的脳機能研究が、特定の人々の選別や差別・排斥に使われたり、人権の侵害を起こすことがないよう特段の注意が必要であることを指摘するものである。
日本神経科学学会倫理問題委員会
委員長 津本 忠治
入来 篤史
佐倉 統
定藤 規弘
外部有識者委員 赤林 朗(東京大学大学院医学系研究科教授)
安彦 忠彦(早稲田大学教育・総合科学学術院教授)
國吉 康夫(東京大学大学院情報理工学系研究科教授)
町野 朔(上智大学法学研究科教授)
松村 京子(兵庫教育大学大学院連合学校教育学研究科教授)
吉川 左紀子(京都大学こころの未来研究センター長)
*注、「ヒト脳機能の非侵襲的研究」とは被験者にはほとんど害を与えない方法で脳機能を計測あるいは画像化する研究を総称する。詳しくは、「ヒト脳機能の非侵襲的研究の倫理問題などに関する指針」2009年改訂版を参照されたい。