【震災復興便り】仙台の復興の現状 一東北大学院生の視点から

東北大学大学院生命科学研究科脳機能解析分野 博士3年
脳科学若手の会東北部会 前代表
江川 遼

 2012年9月、大震災の発生から1年半が経った。震度6強の揺れが直撃した仙台市都心部の街並みは、今や地震前と全く変わらないと言ってもよいだろう。補修工事も一時期のピークを越え、外壁のひび等の地震の痕跡を見ることも減ってきた。繁華街は常に人で賑わい、イベントが例年以上の規模や頻度で開催され、復興が成し遂げられてきていることを強く実感する。対照的に、津波被害のあった沿岸部は今も復旧作業が続いている段階にある。程度は場所によって異なるが、都心部から車で30分程の荒浜地区では雑草の生茂る荒涼とした更地が広がっており、部分的に大破した建物や搬出待ちの瓦礫の山が依然として残されている。

 都心部と丘陵部に位置する東北大学はと言えば、一部補修中のところもあるようだがやはりほとんどの建物が元通りになった。むしろ震災前から続く立て替えラッシュにより、私の通う片平キャンパスでは新しくてきれいな建物が増えてきている。研究活動の復旧は早く、周囲では震災後2-3ヶ月の時点でほぼ通常通りの環境が戻っていた。恐らく学内で最も被害の大きかったであろう青葉山のサイクロトロン・ラジオアイソトープセンターの加速器も先日試運転に成功したそうである。

 家とラボが生活の中心にある一大学院生の私にとっては、もはや震災が原因で不自由を感じるようなことは何一つない。だが一方で世間的に見れば仙台=被災地であり、東北大学=被災した大学という認識も今なお強いのだろう。他地域の方々と触れ合う機会があった際には、(ありがたいお気遣いではあるが)ご心配いただいてしまうことが今も度々ある。そのような点を考えれば、復興はまだ十分ではないということになるのかもしれない。

 東北の研究活動を盛り上げることは、研究の担い手である私たちにしかできない復興活動である。これは震災の混乱期を抜けた後から大学の中でよく耳にした言葉だ。当時は周りを見れば自分より大変な状況の人達が大勢いて泣き言を言っているような場合ではなく、とにかく今自分にできることをひたすら頑張ろうという気持ちにさせられた。そのようなエネルギーをぶつける先は、私の場合自分自身の研究であり、また脳科学若手の会東北部会(http://brainsci.jp/)の発足・運営であった。後者に関しては様々なバックグラウンドを持つ若手同士と協力し、また東北大学脳科学グローバルCOEのご後援をいただき、セミナーや親睦会、合宿を企画してきた。東北内外から多くの若手の参加をいただき、ラボの枠を超えたネットワークづくりの後押しができた。日常を取り戻したことに甘んじず、いつか東北=アツい!と思っていただけるよう今後とも研究活動を盛り上げていきたいと思う。