恐怖記憶の形成を抑制するしくみ
―ICER遺伝子改変マウスを使った研究―
掲載日:2008/07/25
群馬大学大学院医学研究科神経薬理学分野 児島 伸彦
マウスもヒトと同様怖いと感じるとさまざまな恐怖反応を引き起こす。ブザー音と電気ショックを組み合わせて与えるとマウスはブザー音に対して恐怖反応を示すようになる。これは「恐怖条件づけ」というパブロフの古典的条件づけで、動物の学習記憶機能を調べるテストとして広く用いられている。
短期記憶から長期記憶への恐怖記憶の「固定化」には、CREB(クレブ)をはじめとする遺伝子の転写因子が重要であることがわかっているが、記憶の固定化に際してCREBのはたらきを制御するメカニズムはよくわかっていない。我々はICER(アイサー)という転写抑制因子が恐怖記憶を固定化する過程を抑制することを2種類の遺伝子改変マウスを用いて証明した。
作成した遺伝子改変マウスはICERノックアウトマウスとICERを前脳特異的に過剰発現するマウスである。これらのマウスをブザー音と電気ショックで条件づけした。長期記憶テストとして、24時間後に別の実験箱に入れてブザー音を聞かせたところ、野生型マウスに比べてICERノックアウトマウスでは恐怖反応が強まっており、過剰発現マウスでは弱まっていた。条件づけから1時間後に行なった短期記憶テストでは両マウスともブザー音に対する恐怖反応の強さに野生型マウスとの違いはなかった。このようにICERの欠失は恐怖記憶の固定化を促進し、過剰発現は抑制する。
ICERはCREBなどの転写活性化因子のはたらきを阻害する転写抑制因子である。アクセル役である活性化因子とブレーキ役である抑制因子のバランスによって、恐怖記憶の固定化が調節されていることが本研究の結果示された(J Neurosci 28:6459-6472)。
研究者の声
我々は、長期記憶の形成に関わる脳内分子を探索する過程でICERを見いだした。今回遺伝子改変動物を使ってICERの脳でのはたらきの一端を知ることができたが、ICERの脳高次機能における役割に関する研究は緒についたばかりであり、今後どのような遺伝子がICERによって調節されているのかについて明らかにしていきたい。この研究がPTSD(心的外傷後ストレス障害)などの疾患の予防や治療に役立つことを夢見て。
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