若い神経幹細胞が「神経細胞」を、
老化すると「グリア細胞」を生み出すのを制御する遺伝子を解明
掲載日:2008/10/28
慶應義塾大学医学部生理学 仲 勇人
脳には神経細胞だけではなく、グリア細胞という神経細胞に栄養を与えたり、神経伝達を補助したりする細胞も数多く存在しています。また、脳の神経細胞は全て同じというわけではなく、場所によって異なる種類の神経細胞が存在し、複雑な神経回路を形成しています。そのおかげで、私たちはいろんなことを学習したり、難しいことを考えたりすることができるのです。脳を形成する神経細胞やグリア細胞は共に神経「幹」細胞から生み出されます。
記憶や学習、複雑な思考を行うには、脳が高度な情報処理を行う必要があります。そのためには、神経幹細胞が適切な時期に、脳内の適切な場所で、適切な細胞(神経細胞あるいはグリア細胞)を生み出すことが重要であることが近年の研究で分かってきました。しかし、どうして神経幹細胞の生み出す細胞の種類が時間をおって変化していくのかは分かっていませんでした。
私たちの研究室では既に神経幹細胞だけを、体の外で培養して増やし、さらにそこから様々な種類の神経細胞を作り出すことができるようになっています。体の外に取り出した神経幹細胞は、最初、神経細胞しか生み出しません。しかし、実際の脳の中でもそうなのですが、体の外で培養していても時間が経つと、次第にグリア細胞ばかりを生み出すように変化してしまいます。
そこで、「若い」神経幹細胞と、時間が経って性質の変わってしまったいわゆる「老いた」神経幹細胞とを比較して、この神経幹細胞の「老化」とも言える現象に関与する遺伝子が何なのか調べることにしました。
その結果、「COUP-TFI、II」という遺伝子を見つけ出すことができました。
ウイルスを使って、若い神経幹細胞の中で、COUP-TFIとIIの両方の遺伝子が働かないようにすると、いつまでもグリア細胞を生み出さず、神経細胞ばかりを作るようになりました。このような技術を応用することで、脳の難病治療に使用できる神経細胞を効率的に作り出すことが可能となります。(Nature Neuroscience 11, 1014-1023, 2008)
図の説明
・左側の図
ES細胞から神経幹細胞を生体外で誘導・選択培養できるNeurosphere法では、生体内の神経発生を模倣した形で神経幹細胞の文化能の時系列的変化を観察できる。図中、Primary neurosphereが「若い」神経幹細胞、Secondary neurosphereが「老いた」神経幹細胞に相当する。老いた幹細胞からはグリア以外に神経細胞(Late-born neuron)も生み出されるが、脳難病治療に利用できるのは若い幹細胞から生まれるEarly-born neuronの方である。COUP-TF遺伝子を働かなくすると、治療への応用が期待できる神経細胞を、効率的かつ継続的に得られるようになる。
・右側の2つの細胞(Neurosphere)の写真:
左の細胞塊は、少し老いた神経幹細胞。神経細胞(青)に加えてグリア細胞(赤)も生み出している。
右の細胞塊は、ウイルスを使ってCOUP-TFIとIIの遺伝子を両方とも働かなくしたもの。両遺伝子が働いていない細胞は緑に見える。グリア細胞(赤)はほとんど見当たらず、神経細胞(青、緑と重なると水色)ばかり生み出されているのがわかる。
(研究者の声)
この現象の鍵となるCOUP-TFを見つけ出すことができましたが、未だCOUP-TFがどのように神経幹細胞の性質を変化させているのか、分子メカニズムは明らかになっていません。疾病と関連の深い神経細胞の多くも「若い」状態の神経幹細胞からしか生み出すことができないので、私たちのさらなる研究が、脊髄損傷や神経変性疾患といった疾病に対する再生医療の実現という点でも貢献できればと思っています。
略歴)
2002年 慶應義塾大学理工学部応用化学科卒業
2004年 慶應義塾大学大学院理工学研究科基礎理工学専攻修士課程修了
2004年 慶應義塾大学大学院医学研究科生理系専攻博士課程進学
2005年 日本学術振興会特別研究員DC1
2008年 慶應義塾大学大学院医学研究科生理系専攻博士課程単位取得退学
2008年 研究員として引き続き慶應義塾大学医学部生理学教室にて神経幹細胞の研究を行っている
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