ヒストン脱アセチル化酵素SIRT1は神経幹細胞の分化に関与する

掲載日:2009/1/30
札幌医科大学医学部神経内科学講座 久原 真
 脳には神経幹細胞という神経細胞の種(タネ)の細胞があります。神経幹細胞は数が少なく性質も不明の点が多く、脳の病気の治療にまだ使用できていません。神経幹細胞を調べることはその実用化を図る上で非常に重要な課題です。
 神経幹細胞は分裂して神経幹細胞を増やすとともに、成熟して神経細胞とグリア細胞を作り出す力があります。神経幹細胞が成熟して、神経細胞やグリア細胞になることを「分化」といいます。胎児では神経幹細胞がまず神経細胞を作り、そのあとグリア細胞を作り脳ができていきます。神経幹細胞が神経細胞やグリア細胞に分化してしまうと、もう分裂できません。この神経幹細胞をいくらでも分裂できる「未分化状態」にとどめるシグナルとしてNotchシグナルというものがあります。これまでの研究からNotchシグナルを抑えると神経幹細胞の分化が進み、神経細胞が作られることがわかっていました。しかし、何がNotchシグナルを抑制して神経細胞への分化を進めるのかは不明でした。
 SIRT1*は酵母や線虫などで寿命を延ばす作用が知られており、SIRT1遺伝子は長寿遺伝子とも呼ばれています。私たちのグループはSIRT1の持つ多彩な機能を研究しています。その中でマウスの神経幹細胞内にSIRT1が豊富に存在することに気付きました。さらに、神経幹細胞の中のSIRT1の量を減らしてみると神経細胞ができにくくなり、SIRT1の量を増やしてみると神経細胞がより多くできることを見出しました。培養胎児神経幹細胞を使った実験では、通常、SIRT1は細胞質にありますが、分化刺激を与えると核に移行し、核内でNotchシグナルを抑制すること、その後、再び細胞質に戻ることがわかりました。つまりSIRT1の核への移動がこれまでわかっていなかった神経細胞への分化のスイッチとして働く可能性を明らかとしました。
 胎児と同じように、大人でもSIRT1が神経幹細胞に強く発現していることから、大人の脳でもSIRT1が神経幹細胞から神経細胞を作り出すカギを握っている可能性があります。(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 105 (40): 15599-15604,2008)
SIRT1*:ヒストン脱アセチル化酵素Sir2の仲間
図:培養した神経幹細胞に発現するSIRT1
緑:ネスチンという未分化神経細胞のマーカー、赤:SIRT1、右のパネルはネスチンとSIRT1の像を重ね合わせた像。SIRT1は未分化神経細胞の細胞質に存在している。
研究者の声
この研究を始めた時点ではSIRT1は成熟した神経細胞に発現しているのではないかと仮説を立ててマウスの脳を観察しました。しかし最も多く発現していたのは未分化な幹細胞だったのです。実験をしてみると想像もしていなかった意外な結果を見出すことは決して少なくありません。さらにこのようなちょっとした驚きが大きな発見のきっかけになることも多いのです。そこからまた新しい仮説を組み立てて未知の世界を一つ一つ明らかにしていく、これこそが研究の醍醐味であり面白いところだと思っています。
略歴
1991年
 札幌医科大学医学部医学科 卒業
 筑波大学付属病院で臨床研修
1999年
 筑波大学大学院(生化学専攻)卒業
 大阪大学バイオメディカル教育研究センターポストドクトラルフェロー
2001年
  札幌医科大学医学部神経内科・薬理学助手(兼任)
2007年
  札幌医科大学医学部神経内科学講座・助教
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