神経回路の可塑性に魅せられて

皮質ネットワーク演算とその高次可塑性に関する解析
池谷 裕二、東京大学・大学院薬学系研究科・薬品作用学教室
 この度は日本神経科学学会奨励賞という名誉ある賞を頂きまして、大変光栄に感じますとともに、その重みを考え身の引き締まる思いが致します。受賞の対象となりましたのは、東京大学大学院薬学系研究科の修士課程の頃から13年間続けて参りました海馬ネットワークのシナプス可塑性に関する研究です。
 脳機能はニューロンを基礎単位とした複雑なネットワークによって発揮されます。脳システムが備え持つ重要な特性の一つは“可塑性”です。私の信じるところでは、神経可塑性の必須条件には少なくとも以下の三つがあります。すなわち、1)外部または内部トリガーにより機能(や構造)が変化すること、2)トリガー信号が終結しても変化が持続的に残存すること(持続時間は数十ミリ秒から年単位まで多様)、3)変化が外部から検出可能(デコーダブル)であること、の3つです。逆にこの3つの要素に着目することで、個体の発達や成長、記憶や学習、疾患や機能障害などはすべて、可塑性という一つのキーワードで捉えることができます。
 私の研究テーマは一貫して可塑性に関したものであります。とりわけ、多シナプス演算やヘテロシナプス相互作用などの回路システムを念頭においたネットワーク可塑性に関する研究を展開してきました。その成果は大きく二つあると考えています。
1)扁桃体の外側基底核を刺激または破壊することによって、内側貫通線維-歯状回シナプスの可塑性が変調を受けることを発見しました。これは修士課程の研究テーマでしたが、今でも幾多の研究グループから高く評価されていることは私にとって嬉しいことです。その後、歯状回シナプス可塑性への影響が、貫通線維や扁桃体の刺激パターンだけでなく、扁桃体の活動履歴にも依存していること、つまり、シナプス可塑性の方向性と大きさは独立した三つの回路因子によって複次的に調整されていることを発見しました。最近では、可塑性調節に関与する扁桃体からの入力が外側嗅内野皮質を介していることを突き止め、この研究は私の中ではほぼ一段落したと感じています。
2)CA3野錐体細胞は再帰的な自己連合回路を形成し、さらに貫通線維と苔状線維による直接的および間接的な皮質入力を受けています。私はこれら三種の興奮性シナプスの相互修飾機構に着目してきました。CA3錐体細胞において、苔状線維の高頻度刺激により、遠位樹状突起上のシナプスに非ヘブ性の長期増強が誘導されることを発見しました。この長期増強は苔状線維シナプスのNMDA受容体の活性化に依存しており、苔状線維の生理機能について新たな視点を与えるものでした。苔状線維のシナプス終末には亜鉛イオンが多量に含まれています。活動依存的に放出された亜鉛イオンはシナプス間隙から漏出し、隣接する領域に存在する連合線維シナプスのNMDA受容体を阻害することも発見しました。
 最近は、カルシウム画像法でネットワーク活動を光学測定しています。この方法を利用すると、単一細胞の解像度で数百のニューロンからスパイク活動を再構築することができます。一般に、個は集団になると予想を越えた非線形挙動を示します。回路素子としてのニューロンがシステムとしてマクロ特性を獲得するプロセスを、ネットワーク活動とその内部構造の解析を通じて解き明かすことで、脳の可塑性をさらに深く追求してゆきたいです。
 最後になりましたが、今回の受賞におきまして、ご推薦いただきました松木則夫先生には、常に暖かなご指導を賜りました。また、98年に助手に着任して以降、優秀な研究スタッフや学生たちに恵まれましたことも、単なるラッキーで済ますことのできない運命を感じます。これまで周囲で支えてくれました皆様、そして家族に感謝し、今後さらなる研鑽を積むことで、この恩を返してゆきたいと考えております。
【略歴】
1993年
東京大学薬学部卒業
1998年
東京大学大学院薬学系研究科博士課程修了
1998年
東京大学大学院薬学系研究科助手
2002年
米コロンビア大学に留学(2005年まで)
2006年
東京大学大学院薬学系研究科講師
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