今回,神経科学奨励賞を頂き大変光栄に感じるとともに,より一層研究に打ち込んでいこうという決意を新たにしております.私は大学を卒業後,脳神経外科で臨床研修を行いました.そこで様々な神経症候をみるうちに,人間の複雑な行動や思考を生み出す脳の機能がどのような神経細胞の働きにより実現されるのかを知りたいと思うようになり,研究の世界に足を踏み入れました.研究を始めて,我々の脳がいかに精巧に作られているのかということを改めて実感しております.我々は音がどこから来たのかを判断する(音源定位)際に,左右の耳に到達する音のわずかな時間差(両耳間時間差)を検出します.この時間差の検出は驚くほど正確で,我々が判別することのできる1?の音源の位置のずれは約10マイクロ秒の時間差に相当します.神経細胞における活動電位の時間経過が通常1ミリ秒程度であることを考えると,この時間差がいかに小さな値であるかが分かります.この時間差は脳幹の特殊な神経細胞の働きにより検出されます.つまり,両耳からの軸索投射を受ける神経細胞が両側シナプス入力の同時検出器として働くことにより,音源の位置情報が興奮する神経細胞の神経核内での位置としてコードされます(図).

このような同時検出による音源定位機構はカルフォルニア工科大学のKonishi先生らのメンフクロウを使った実験によって明らかにされてきました.そこで,私はヒヨコを使ってこの細胞がどれだけ正確な同時検出器として働き得るのか,さらにその精度がどのような特性により実現されるのかについて研究を行いました.毎週送られてくるヒヨコ達はなんともいえず愛嬌があります.しかし,可愛いなどと言っていては実験にならないので,毎日心を鬼にして脳幹スライス標本を作成し続けました.その結果,同時検出器細胞は動物の音源定位行動を説明するのに十分な精度をもち,さらにこの高い精度を実現するためには特定の電位依存性Kチャネル(Kv1.2)の発現が重要であることが分かりました.また,動物の音源定位能力は音の周波数に応じて異なることが知られています.従って,同時検出器細胞の特性を周波数局在領域毎に丹念に調べてみると,同時検出の精度は周波数領域に応じて異なり,さらにこの違いはKv1.2の発現量の違いにより生じることも明らかになりました.このことは音源定位の神経回路機能が分子レベルで精巧に制御されていることを示唆します.私はこれらの研究を通して,脳の神経回路機能を解明していく上で分子・細胞レベルのミクロの視点と個体・行動レベルのマクロの視点の両方をもつことの大切さを学んだ気がします.このような視点をもって研究を進める際には,様々な手法を用いた統合的なアプローチを行っていくことが必要になると思います.従って,これからは自分の専門分野である電気生理学的手法を基礎として,さらに新しい手法を積極的に取り入れることにより,自分の研究の幅を広げていきたいと思っております.我々が複雑な脳機能を理解するにはまだまだ時間がかかると思います.しかし,地道にボトムアップ的な知見を積み重ねていくことが脳機能解明への近道だと私は信じております.これからもより一層頑張っていきたいと思っておりますので,今後とも御指導御鞭撻の程よろしくお願い申し上げます.最後になりますが,これまで大森教授を始め多くの先生にお世話になってまいりました.この場を借りて,心よりお礼申し上げます.
【略歴】
1997年
九州大学医学部卒業
2003年
京都大学大学院医学研究科博士課程修了
2003年
京都大学大学院医学研究科助手
図説
音源定位における同時検出
(a) 両耳間時間差検出の神経回路.同時検出器細胞は両側からの軸索投射を受ける.
(b) 両側の投射線維を様々な時間差で電気刺激したときの同時検出器細胞の発火確率の変化.