この度は、日本神経科学学会奨励賞を頂きまして、大変光栄です。私が神経科学と出会ったのは大学3年生の頃、当時東大医学部の学生だった私は、夏休みにフリークォーターという制度を使って、気になっていた脳研究施設神経生理学教室に2週間滞在をさせていただきました。そして、当時いらした多くの先生方にお世話になりながら、ネコでの急性・慢性生理学実験などを行ないました。2週間の滞在期間が過ぎた後もちょくちょく研究室に出入りさせていただいて、実験・抄読会・飲み会などに参加をさせていただきました。研究者になろうと決心したのはこの頃の影響が大きかったことは言うまでもありませんが、そのときから実に15年も経ってしまったとはいまだに信じられません。
その後、大阪大学の藤田一郎先生の研究室に博士課程の学生として参加させていただきました。今回受賞を頂ました研究テーマは、私が阪大・アメリカで行なった「大脳皮質視覚連合野における両眼立体視機能」の研究です。最初は両眼立体視の研究をするつもりではありませんでした。大学院入学当事、私は錯視に興味がありまして、下側頭葉皮質で錯視を用いた面の再構成の研究を始めました。そのとき、錯視を強めるためにたまたま両眼視差を用いたのですが、両眼視差を使っている以上、下側頭葉皮質のニューロンが両眼視差にどのように反応するのかを調べる必要があったわけです。私が研究を始めた当時、両眼視差選択性細胞は背側視覚経路でのみ見つかっていました。そして、下側頭葉皮質を含む腹側視覚経路は物体視に関与していて、両眼立体情報の処理には関与していないという見方が主流でした。そこで、私も下側頭葉皮質のニューロンには両眼視差選択性がないものだという先入観を持っておりました。ところが実際に実験を行なってみますと、実は下側頭葉皮質のニューロンにも両眼視差選択性がありまして、この発見をしたときには大変驚きました。この下側頭葉皮質のニューロンも両眼視差に選択性を持つという偶然の発見が、現在までの10年間に及ぶ私の立体視の研究につながりましたし、この発見により、国内外での腹側視覚経路における両眼立体視機能の研究が大きく発展しました。
下側頭葉皮質にも両眼視差に選択性を持つニューロンがあるとわかったときの最初の疑問は、どうして両眼立体視の処理経路が複数あるのか?というものでした。この問いに答えるためには、両眼立体情報を伝えるニューロンが存在することを示すだけでは不十分であり、その機能を調べることが大事になってきます。そこで次に、腹側視覚経路・背側視覚経路それぞれがどのような両眼立体視機能に関わっているのか、奥行き弁別課題を行なっているサルを用いて追求することにしました。まず、下側頭葉皮質では両眼立体情報が細かい奥行きの弁別に使われていそうだということを阪大での研究で示しました。その後アメリカにわたり、Washington UniversityのGreg DeAngelisの研究室で、今度は背側視覚経路のMT野の両眼立体情報がどのように使われるのかを調べました。当時、MT野の両眼立体情報が粗い絶対的な奥行き弁別を行なうのに重要であることは分かりつつあったのですが、今度は細かい奥行きの弁別に重要かどうかも試したところ、なんと驚いたことにMT野の両眼立体情報はどうやら細かい奥行きの弁別には役立たないらしいことがわかりました。以上の結果から、腹側視覚経路は細かい相対的な奥行きを、背側視覚経路は粗い絶対的な奥行きを抽出するという機能区分ができていると考えることができます。大脳皮質視覚連合野には経路に依存して異なった両眼立体視機能がある、すなわち、似たような情報を持つニューロンが経路によって使われ方が異なるのではないかと現在考えております。
今後は、両眼立体視に限らず、様々な知覚現象とその神経メカニズムをできるだけ厳密に追いかけることを目標に研究に邁進したいと考えています。また、若手の人にとっては目標となる先輩になれるよう努力したいと思っております。最後に、この15年間、様々な方にお世話になりました。その全ての方々に、この場を借りて厚くお礼申し上げます。
【略歴】
1995年
東京大学医学部医学科卒業
1999年
大阪大学大学院医学研究科生理系専攻博士後期課程修了
1999年
大阪大学大学院基礎工学研究科 科学技術振興事業団研究員
2000年
Washington University School of Medicine留学
2003年
順天堂大学医学部生理学第一講座講師