この度は、日本神経科学学会奨励賞をいただき有難うございました。多くの優秀な研究者がいる中で、私のような者が選ばれたことを光栄に感じております。好きな研究を自由にできる環境にあること、また、多くの先生方および家族に支えられていることに改めて感謝し、今後もよい研究成果が得られるよう励んでいきたいと思います。今回、受賞対象に選ばれた脊髄後角でのシナプス伝達の可塑性は、私が、福井大学の修士の学生の時に始めた研究であります。始めは、別の目的で研究を行っていた私は、可塑性が起きているとも知らず、目的としていた研究がなかなかうまく行かず悩んでいました。そんなある日、村瀬一之教授に結果を見ていただいた時に、「可塑性が起きているんだよ!!」と言われ、初めて可塑性が見えている可能性に気づき、非常に興奮したのを覚えています。当時は、海馬など、脳では可塑性の研究が進んでいましたが、脊髄ではほとんど報告がなく、我々には大きな発見でした。これをきっかけに、膜電位感受性色素を用いた光計測法によって、脊髄スライス標本の後角でのシナプス可塑性の研究を本格的に行いました。その結果、後根への低頻度の繰り返し刺激で、オピオイド受容体依存の長期抑圧が起きること、高頻度刺激で起きる長期抑圧は、GABA受容体を阻害することで長期増強に反転することなどがわかりました。その後、村瀬教授の紹介で、ドイツのハイデルベルク大学のザンキューラー教授の研究室で研究を行う機会を与えていただきました。慣れない海外での生活でしたが、研究室のみんなが非常に暖かく親切にしてくれたおかげで、毎日楽しく研究を行うことができました。ハイデルベルク大学では、蛍光染料を用いた逆行染色により、脊髄後角内の投射細胞を識別し、その神経細胞からパッチクランプを行うという実験を行いました。この手法を用いて、侵害受容細胞の中枢末端と投射細胞間のシナプス伝達で条件刺激により、シナプス可塑性が起きることを示しました。また、その可塑性は、痛み伝達物質として知られているSubstancePのレセプターであるNK1レセプター、NMDAレセプター、T型電位依存性カルシウムチャネルの相乗効果によって生じる細胞内へのカルシウムの流入によって起きることをカルシウムイメージングによって示しました。帰国後、福井大学で、順行染色によって侵害受容細胞の中枢末端を、逆行染色によって脊髄後角内の投射細胞を、膜電位感受性色素によって染色し、光イメージングを行う手法を確立しました。この手法を用い、侵害受容細胞の中枢末端と投射細胞間のシナプス伝達の可塑性は、一酸化窒素を介した、サイレントな中枢末端の賦活、および中枢末端の活動電位の振幅の増大によって起こることを示しました。また、そのメカニズムには、グリア細胞が関与していることも示しました。さらに、膜電位感受性色素を用いた光イメージングと、一酸化窒素のイメージングを組み合わせることで神経活動と一酸化窒素の拡散を同時にリアルタイムで捉える手法を確立し、実際に投射細胞で可塑性を起こす条件刺激によって一酸化窒素の拡散が生じることを示しました。
今後もシナプス可塑性の研究を通して、慢性疼痛や痛覚過敏のメカニズムの解明に取り組み、痛みに苦しんでいる方々のお役に立てるよう努力していきたいと思います。最後に、研究の楽しさを教えてくださった理化学研究所の谷藤学先生、海外での研究を親切に支えていただき、また、粘り強く研究を行うことの大切さを教えてくださったウィーン大学のザンキューラー教授と研究室の皆さん、研究のことだけでなく、その他のことでもご指導をいただき、また、この度推薦をしていただいた福井大学の村瀬一之教授、また、いつも支えてくれている家族に、心より感謝いたします。
【略歴】
1996年
福井大学工学部卒業
2000年
ドイツ・ハイデルベルク大学医学部研究員
2001年
福井大学大学院工学研究科博士課程卒業
2001年
日本学術振興会特別研究員
2002年
オーストリア・ウィーン大学医学部研究員
2004年
福井大学工学部知能システム工学科講師
2007年
福井大学大学院工学研究科知能システム工学専攻准教授
【写真の説明】
研究室のメンバー
左から順に、長谷川敏之(院生)、井上雅之(院生)、筆者、大簱良(学部生)、切通考貴(院生)