東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻
坪井 貴司
この度、日本神経科学会学会奨励賞という名誉ある賞を賜りましたことは、身に余る光栄であるとともに、身の引き締まる思いでもあります。今回、受賞対象となりました「ホルモン分泌顆粒ドッキング機構の分子メカニズムの解明」は、私が大学院生時代から現在に至るまで一貫して取り組んできた開口放出(エキソサイトーシス)反応及びホルモン分泌顆粒ドッキング機構のLive Cell Imagingによる研究成果であります。
エキソサイトーシスは、ホルモン、神経伝達物質、酵素、粘液などが細胞から放出される際に用いられる共通の分泌機構の一つであり、高等多細胞生物の高次機能を支える細胞の基本的活動として極めて重要であります。我々の体は、様々な環境変化に対応し、恒常性を維持するために、このエキソサイトーシスを持続的にかつ敏速に起こさねばならないことから、細胞内に貯蔵されている分泌顆粒が絶えず細胞膜方向へ輸送され、細胞膜とドッキングされている必要があります。しかし、その分子メカニズムはまったく解明されておらず、またこの機構の破綻は、ホルモン分泌異常、アレルギー反応等の種々の疾患を引き起こすことから、分泌顆粒のドッキングからエキソサイトーシスに至る過程の詳細な解明が求められていました。
「百聞は一見にしかず」という言葉があるように、私は、生きた細胞の中でホルモン分泌顆粒の輸送やエキソサイトーシスされる様子を可視化することにより、その分子メカニズムを明らかにできるのではないかと考えておりました。非常に幸運なことに浜松医科大学の寺川進教授の元で、対物レンズ型全反射蛍光(TIRF)顕微鏡の開発に携わることができ、ホルモン分泌細胞における部分的エキソサイトーシス(“kiss-and-run”エキソサイトーシスとも呼ばれる)の存在を明らかにすることができました。TIRF顕微鏡は、標本のごく一部の浅い部分領域内(100 nm範囲)の蛍光プローブを特異的に検出できることから、単一ホルモン分泌顆粒のドッキング、プライミング、融合、および細胞膜方向への輸送動態を可視化できるものであり、私のその後の研究生活に必要不可欠な技術の一つとなりました。
今回受賞対象となった中心的な研究成果は、理化学研究所福田光則博士(当時)の元で行ったものです。福田研では小胞輸送を司る低分子量G蛋白質Rabの機能を生化学的に解析していました。そこで私は、TIRF顕微鏡を用いてホルモン分泌を可視化することにより、Rabのエキソサイトーシスにおける役割を明らかにすることができるのではないかと考えました。
Rabは、ヒトにおいて60種類以上の異なるアイソフォームが存在し、ホルモン分泌顆粒と細胞膜とのドッキング、融合の制御には、Rab27の関与が示唆されています。また近年、Rab27依存的小胞輸送制御に関わるエフェクター分子として、シナプトタグミン様蛋白質(Synaptotagmin-like protein; Slp)やラブフィリン蛋白質(Rabphilin; Rph)が示されており、これら分子間の機能相関が注目されております。そこで、Slp4-aまたはRphを赤色に、そして分泌顆粒を黄緑色蛍光蛋白質で標識し、副腎髄質クロマフィン細胞由来PC12細胞に共発現させ、単一ホルモン顆粒動態とエフェクター分子動態を同時に可視化することにより、その機能相関を解析しました。その結果、Slp4-aのリンカー領域は、細胞膜上のMunc18-1/syntaxin1-a複合体と結合することにより、ホルモン顆粒を細胞膜上にドッキングさせエキソサイトーシスを抑制するが、RphのC2B領域は、細胞膜上のSNAP-25と結合し、エキソサイトーシスを促進することが明らかになりました(図1)。すなわち、この二つの機構が拮抗して機能することにより、常に放出可能な状態にある分泌顆粒が細胞膜直下に維持されている可能性が示唆されました。今後は、臓器や組織特異的に起こる膜輸送を解析することにより、細胞レベルだけでなく個体レベルでの分泌メカニズムを解明していきたいと考えており、最終的には分泌機構の全貌を明らかにしていきたいと考えております。
最後になりますが、今回の受賞は、これまで私を支えてくださった多くの先生方のお力添えによるものであります。特に、東京医科歯科大学渡辺昭名誉教授、浜松医科大学寺川進教授、理化学研究所脳科学総合研究センター宮脇敦史先生には、生理学とバイオイメージングの真髄をご教授いただきました。また、英国インペリアル大学Guy A. Rutter教授、東北大学福田光則教授には、生化学と分子生物学の醍醐味をご教授いただきました。この場をお借りして深謝申し上げます。また神経科学学会の皆様には今後ともご指導ご鞭撻の程宜しくお願い申し上げ、感謝の言葉とさせていただきます。
【略歴】
1995年
早稲田大学人間科学部卒業
2001年
浜松医科大学大学院医学系研究科博士課程修了
2001年
英国ブリストル大学医科学部生化学科研究員
2004年
英国ブリストル大学医科学部生化学科米国青少年糖尿病研究財団研究員
2005年
理化学研究所福田独立主幹研究ユニット基礎科学特別研究員
2007年
理化学研究所脳科学総合研究センター細胞機能探索技術開発チーム基礎科学特別研究員
2007年
東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻生命環境科学系准教授
【写真の説明】
恩師とともに。左下より江橋文子夫人、故江橋節郎博士、左上より渡辺昭博士、渡辺朝子夫人、筆者、寺川進博士、寺川千佳子夫人