精神疾患研究モデルラボラトリーの構築
このたびは、私の研究活動「神経画像・神経生理計測による精神疾患の脳病態解明」に対し、日本神経科学学会奨励賞という名誉ある賞をいただき、大変光栄に存じます。歴代の受賞者は一流の神経科学者ばかりで、私のような臨床研究を行う臨床医にとって、応募自体が場違いなのではないかと思っておりましたので、自分自身の受賞の喜びより、貴学会が精神疾患の臨床研究に関心を持ち、その活動を奨励しようとしてくださったことへの感謝の念が強いというのが正直な気持ちです。
私は、1995年に医学部を卒業後、精神科医として毎日患者さんと接する傍ら、一貫して精神疾患の神経画像研究に取り組み、統合失調症、心的外傷後ストレス性障害、自閉症などの主要精神疾患の脳病態解明に従事してきました。特に、統合失調症の聴覚皮質機能障害とその進行性異常、PTSDの海馬・前部帯状回異常の解明は、精神疾患研究に一定の貢献をもたらしたと考えております。
脳磁図・SPECTの組み合わせにより、音楽性幻聴聴取時に右聴覚皮質過活動が生じることを実証した研究を皮切りに、統合失調症の聴覚皮質病態の解明を目指しました。事象関連電位mismatch negativity (MMN)計測を用いて、統合失調症患者における聴覚皮質機能障害を同定したのち、脳形態情報を組み合わせるため、MRI体積計測をハーバード大学で学びました。初発統合失調症における聴覚皮質体積とMMN振幅の進行性減少を明らかにした研究は、統合失調症の神経発達障害仮説に修正をもたらすことに寄与しました。
PTSDにおいては、地下鉄サリン事件被害者の臨床研究に取り組み、PTSD患者における前部帯状回体積減少を示しました。さらにベトナム戦争帰還兵の一卵性双生児不一致例のMRI解析をハーバード大学で行い、PTSDにおける海馬体積減少が、非発症同胞にも存在する脆弱性因子であることを明らかにしました。この研究は、affective neuroscienceにおけるストレス−海馬障害モデルに修正を促す画期的な研究であったと考えています。帰国後も共同研究を続け、前部帯状回体積減少が獲得性因子であることを明らかにしています。
東京大学医学部精神医学教室は、数十年にわたる内部分裂の影響で、私が入局した当時はほとんど研究が行なえませんでした。内部で唯一行なわれていた生物学的研究であった事象関連電位を学び、臨床検査部と共同の脳磁図研究、放射線科と共同のMRI研究へと発展させました。ハーバード大学留学では精神疾患のMRI研究を通じて成果を挙げましたが、最も大きな収穫は、精神科臨床研究体制を実体験したことでした。帰国後、医療機器メーカーとの産学協同研究による近赤外線スペクトロスコピー(NIRS)、放射線科との共同による3テスラ機能的MRI・MRスペクトロスコピー、PETを加え、人的規模も20名を超える、日本有数の精神科臨床研究ラボを育てました。精神疾患の臨床研究はM.D.だけでは行えない時代になってきています。若手Ph.D.研究者の登用や、Ph.D.系大学院生の教育にも力を注いでおります。神経画像と遺伝子解析を組み合わせるアプローチなど、さまざまなテーマで多施設共同研究や工学・薬学・教育・心理系研究室との共同研究を行っており、海外の研究者とも共同研究・交流を深めています。これまでは病態研究が中心でしたが、今後は臨床に還元できる研究を重視するため、統合失調症の前駆状態における早期介入研究、医療機器を薬剤選択・薬効予測の臨床検査法として確立するための臨床試験、薬学専門家との共同による血中バイオマーカーの確立などに着手しています。元々の専門外ではありますが、精神疾患の神経科学的基礎研究の推進も、当方のようなリーダーシップを発揮すべき教室には必須だと考えております。貴学会の一流の神経科学者の方々にご指導をいただきながら、精神疾患の病態解明や治療法の開発に貢献できればと考えております。
最後になりましたが、強力なリーダーシップで私たちの研究をサポートしていただいている加藤進昌前教授(現・昭和大学精神医学教室)、長期的な視野に立って若手精神科医の教育に静かな情熱を傾けてくださる福田正人先生(群馬大学医学部精神医学教室)、真の科学好きで海外の若手研究者の育成に労力をいとわないRobert W. McCarley先生(ハーバード大学)、私と共通のミッションを持ち、多忙な臨床・教育業務の傍ら、寝食を惜しんで研究している山末英典・荒木剛・川久保友紀(現・国立精神神経センター)・管心・滝沢龍を始めとする研究室のメンバー、そしてほとんど家にいない私の生活に理解を示し、協力してくれる家族に深く感謝いたします。
【略歴】
1995年
東京大学医学部医学科卒業、東京大学医学部附属病院精神神経科・研修医
1997年
国立精神神経センター武蔵病院精神科・レジデント
1999年
東京大学医学部附属病院精神神経科・助手
2000年
ハーバード大学医学部精神科臨床神経科学部門・客員助手
2003年
東京大学大学院医学系研究科精神医学・講師
2008年
同・教授
【写真の説明】
東京大学精神科神経画像・神経生理研究グループのメンバー。前列中央に筆者。
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