難治性疼痛の発生機序ならびに新規鎮痛法の解明
佐賀大学医学部生体構造機能学講座神経生理学分野
中塚 映政
このたびは日本神経科学学会奨励賞を授与頂きまして身に余る光栄であるとともに大変身の引き締まる思いです。選考委員会の先生方をはじめ、日本神経科学学会の関係各位に厚く御礼申し上げます。今回の受賞対象は、和歌山県立医科大学大学院博士課程から現在に至るまで一貫して取り組んできた“難治性疼痛の発生機序ならびに新規鎮痛法の解明”に関する研究です。
私は和歌山県立医科大学を卒業後、同大学附属病院にて診療医として2年間の研修を行いました。整形外科病棟および外来で様々な難治性疼痛を呈する症例を診させて頂き、痛みを定量化することはできないものか、もっと画期的な鎮痛薬や鎮痛法はないものかなどと思いを廻らせるようになりました。大学卒業時には基礎研究を行うことは全く考えていませんでしたが、診療医を修了する頃には大学院に進学して痛み研究に従事することを志すようになりました。和歌山県立医科大学整形外科学の玉置哲也前教授のご推薦によって、当時、佐賀医科大学第二生理学教室を主宰されていた吉村恵教授(現、九州大学医学研究院統合生理学分野教授)の研究室に国内留学し、主として電気生理学的な手法を用いて痛み研究を始めました。
痛覚系は発生学的に未分化な神経系であると考えられていますが、痛覚入力が持続する末梢組織の慢性炎症時において、生後発達過程と同様に神経回路網の可塑的変化が起こることを示しました。すなわち、正常では痛みを伝えるC線維は脊髄第U層ニューロンに入力し、触覚を伝えるAb線維は第V〜W層ニューロンに入力していますが、末梢組織に炎症が遷延すると、C線維終末から神経栄養因子であるBDNFが脊髄内に放出され、Ab線維の第U層ニューロンヘの軸索発芽を惹起しました。したがって、BDNFは神経回路網の可塑性発現における責任分子と考えられ、炎症の初期段階でBDNFの作用を制御することによって慢性疼痛を抑制できる可能性を示唆しました。また、今後の鎮痛薬開発において、イオンチャネルの機能解析は重要な役割を果たすものと期待されていますが、私は脊髄内痛覚情報伝達におけるP2X受容体やTRPチャネルの生理機能を明らかにしました。すなわち、P2X受容体やTRPチャネルの活性化によって一次神経終末から興奮性伝達物質であるグルタミン酸や神経ペプチドであるサブスタンスPの放出増強が生じることを明らかにし、脊髄後角におけるイオンチャネルの活性化が病態時における難治性疼痛に関与する可能性を示しました。一方、生体には内因性鎮痛機構としてモノアミンを介する下行性抑制系の存在がよく知られていたが、私はドーパミン作動性神経系である視床下部脊髄路の重要性とその脊髄内作用機序の詳細を明らかにし、視床下部脊髄路の電気刺激や脊髄腔内へのドーパミンD2受容体作動薬投与によって疼痛を軽減できることを指摘しました。さらに、私は脊髄に新たな鎮痛機構が存在することを明らかにしました。すなわち、脊髄電気刺激によって遊離するソマトスタチンによって脊髄後角に存在するGIRKチャネルが活性化し、脊髄後角ニューロンを過分極する機構を示しました。今後は様々な病態モデル動物における脊髄後角の可塑的変化について多角的な解析を進め、病態に応じて選択的に作用する新しい鎮痛薬の開発に役立つ研究を行いたいと考えています。
今回の受賞は、これまでご指導頂いた先生方ならびに一緒に研究を行った数多くの仲間達のお力添えによるものです。特に、和歌山県立医科大学整形外科の玉置哲也前教授には臨床を通して痛み研究の重要性をご教示頂きました。また、九州大学大学院医学研究院統合生理学分野の吉村恵教授、フロリダ医学脳研究所のJianguo Gu教授には電気生理学の真髄だけでなく科学の醍醐味をご教授頂きました。また、佐賀大学医学部生体構造機能学講座の熊本栄一教授には日頃から研究だけでなく教育についても逐一ご指導を賜っています。この場をお借りして心より感謝申し上げます。また、日本神経科学学会の皆様には今後ともご指導ご鞭撻の程宜しくお願い申し上げ、感謝の言葉とさせていただきます。
【略歴】
1994年
和歌山県立医科大学卒業
1996年
和歌山県立医科大学附属病院診療医修了
1997年
佐賀医科大学第二生理学教室特別派遣研究生
1999年
フロリダ大学脳研究所研究員
2000年
和歌山県立医科大学大学院医学研究科博士課程修了
2002年
和歌山県立医科大学整形外科臨床研究医
2003年
日本学術振興会特別研究員
九州大学医学研究院統合生理学分野博士研究員
2004年
佐賀大学医学部生体構造機能学講座助教授
2007年
佐賀大学医学部生体構造機能学講座准教授
【写真の説明】
前列右から藤田亜美博士、熊本栄一博士、朴蓮花さん、柳涛さん、後列右から岳海源さん、筆者、水田恒太郎さん、友廣大輔さん、青山貴博さん、蒋昌宇さん
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