アクティブゾーンの分子構造基盤

富山大学大学院医学薬学研究部臨床分子病態検査学
大塚 稔久
 この度は、日本神経科学学会奨励賞をいただき、大変光栄に思っております。受賞対象となった神経終末アクティブゾーンの分子基盤に関する研究は、2000年にカン研究所にグループリーダーとして着任してから開始したものですが、これまでの成果が本奨励賞の受賞という形で評価していただくことができ、喜びもひとしおです。
 アクティブゾーンはプレシナプスの形質膜直下に存在する比較的電子密度の高い構造体で、1960年代にはその存在が電子顕微鏡による解析から明らかになっていました。長らく構成分子群は不明でしたが、90年代前半ごろから、Bassoon, Piccolo, RIM1, Munc13-1などの特異的蛋白質が同定されていました。私が神経科学領域の研究を開始しようと思った2000年当時、すでにポストシナプス領域ではpostsynaptic density (PSD)の構成分子群の同定と機能解析が猛烈な勢いで進んでいました。そこで、同定されている分子も少ないプレシナプスのアクティブゾーン分野での研究をなかば安易な気持ちで開始したのですが、後にこの分野も極めて競争が激しいことがわかり痛い目にあうこととなりました(本賞を受賞できたのでよしとしたいと思います)。
 新規のアクティブゾーン蛋白質を精製すべく、阪大・高井研究室(現神戸大)で学んだ生化学のテクニックを駆使して、精製からクローニングまでは1年余りで終えることができ、免疫電顕でも、分子量120kDaの新規の蛋白質がアクティブゾーンに局在していることを確かめていました。しかし、その機能となるとまったく予想できませんでした。研究の世界では、“まあ、考えてもしゃあないから、とりあえずやってみよか”ということがあるのですが、この新規分子を免疫沈降して他のアクティブゾーン蛋白質と結合するかどうかをみてみることにしました。当時、RIM1の抗体がすぐに手に入ったので、まずRIM1を試してみました。1分、5分のexposeではRIM1のバンドは検出できませんでした。だめもとで、30分exposeしてみると、新規分子を免疫沈降したレーンにうっすらとRIM1のバンドらしきものが見えました。最終的に、CASTと命名したこの新規分子のC末が特異的にRIM1のPDZドメインに結合することを確かめたときの喜びと驚きは、研究者冥利につきるものです。しかし、RIM1といえばテキサス大学のSudhof博士らが精力的に研究を進めていたいわゆる“大物”でした。そのときの思いを振り返ってみますと、喜びよりも、えらいものを引き当てたなあという恐怖心のほうが強かったような気もします。したがって、CASTがRIM1と直接結合することをJournal of Cell Biologyに投稿したものの、2002年の初夏にアクセプトされるまでは、ほぼ毎週、メジャー雑誌のホームページが更新される真夜中過ぎに、同じ分子の報告がないことを確かめてから自宅に戻る日々でした(今振り返るとまったく無駄な行為ですが・・・)。幸いにも、私たちの論文が最初の報告となりましたが、予想通り欧米の研究チームが同じ分子をクローニングしており、もしあと1ヶ月アクセプトが遅かったら・・・と考えるとサイエンスは面白いと思うと同時にその厳しさも実感せずにはいられません。その後、RIM1だけでなく、BassoonとPiccoloともCASTが直接結合し、巨大な分子複合体を形成していることを2004年に報告することが出来ました。これによって、アクティブゾーン特異的蛋白質群の相互作用が初めて明らかとなりました。
 現在も、強烈な競争相手の存在は胃の痛い毎日ではありますが、“敵を選ぶときは気をつけよ。なぜなら、自分も敵に似てくるからだ。”とはニーチェの言葉で、あまり外野は気にせずに、自分自身のスタイルと興味に忠実に、これからも面白いことにチャレンジしてきたいと思っています。
 若くてあぶなっかしい(たよりない)リーダーを支えてくれたカン研究所のメンバー(高尾絵津子さん、井上英二君、俵田真紀さん、井上真理枝さん)と関係者各位に深く感謝します。低温室で夜遅くまで過ごした日々を懐かしく思い出します。また、現在の富山大学のラボメンバーと、独立したラボ運営をサポートしていただいている北島勲教授に深く感謝します。さらに、様々な機会でご相談にのっていただき、本賞応募にあたりご推薦をいただいた東大医科研・真鍋俊也教授に、深く感謝いたします。また、東京医大・持田澄子教授をはじめ、神経科学分野で右も左も分からなかった私を励まし、ご助言いただいた共同研究者・友人の方々にも深く感謝いたします。そして、私の研究に対する姿勢や蛋白質化学の知識と技術は、高井義美教授のご指導の賜物であります。高井研での、楽しく、時に厳しく、そしてエキサイティングな研究生活がなければ、生化学的アプローチでここまで研究を展開できることはなかったと思います。あらためて深く感謝いたします。最後に、これまで常に私を励まし支えてくれた家族に心から感謝いたします。
【略歴】
1994年
鹿児島大学医学部卒業
1998年
大阪大学医学系研究科博士課程修了(高井義美教授)
同年
日本学術振興会特別研究員(PD)
2000年
カン研究所 グループリーダー
2005年
富山医科薬科大学医学部 臨床検査医学講座 助教授
2007年
富山大学大学院・医学薬学研究部・臨床分子病態検査学
准教授、現在に至る
【写真の説明】
2005年、第1回リボンシナプス国際シンポジウム・ドイツ、ゲッティンゲンにて。左が筆者、右はDr. Brandstatter。
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