ポリグルタミン病の細胞内防御機構を利用した病態抑止療法の開発

名古屋大学大学院医学系研究科神経内科
足立 弘明
 この度は、日本神経科学学会奨励賞という名誉ある賞をいただき、大変光栄に存じます。弧発性あるいは遺伝性神経変性疾患の病態はこれまでの多くの研究によってそのメカニズムが解明されてきておりますが、実際に臨床応用可能な治療法はその臨床試験の難しさもあって未だ効果の認められた方法が存在しません。私のこれまでの仕事は、その病態に基づいた病態抑止療法の開発研究であり、このような試みを評価していただいたことを感謝申し上げるとともに、今後の研究活動への励みとさせていただきたいと思います。
 私は、1991年に医学部を卒業後、研修医・神経内科医として7年間市中病院で診療を行い、その後名古屋大学大学院に入学して、患者さんと接する傍ら、神経変性疾患のうちポリグルタミン病である球脊髄性筋萎縮症(SBMA)の病態解明と治療法の開発研究を祖父江元教授の下で行って参りました。
 ポリグルタミン病などの神経変性疾患は、神経組織に変異した蛋白質が蓄積する課程で病態が形成されると考えられています。ポリグルタミン病では異常延長したポリグルタミン鎖を含有する変異した病因蛋白質からなる核内あるいは細胞質内封入体とびまん性核内集積が特徴的な病理学的所見であり、変異蛋白質が新たな毒性を獲得したり、神経細胞内で不溶性あるいは可溶性の凝集体を形成したり、異常な蛋白質間相互作用を招いたりして神経細胞の機能低下をもたらし、神経細胞が変性し細胞死に至ると考えられています。ユビキチンープロテアソーム系(UPS)とオートファジーは、細胞内の変異蛋白質を分解するシステムとして重要ですが、多くの神経変性疾患では、これらの生体の防御機構を凌駕して神経変性の原因となる変異蛋白質が蓄積され、神経毒性が惹起されます。また、生体(細胞)を熱ショックに曝すと、熱ショック蛋白質(heat shock protein、Hspと略)あるいは分子シャペロンと呼ばれている蛋白質が合成されてきます。この熱ショックによって蛋白質の構造変化が引き起こされて、変性した蛋白質はその機能を失うとともに、疎水性領域が外に露出して互いに凝集しやすくなり、細胞にとって毒性を発揮しますが、個々のHspは変性した蛋白質を元どおりに折りたたむか、あるいは修復不能の場合にはUPSやオートファジーに結びつけて分解する機能を持っています。近年、Hsp発現量が多い神経組織ではポリグルタミン鎖の延長した変異蛋白への耐性が強く変性を起こしにくいことが報告されており、Hspの病態抑止機能が注目されています。私の研究対象であるSBMAはポリグルタミン病の一つで、ポリグルタミン鎖が伸長したアンドロゲン受容体(AR)が,神経細胞などに発現して病態が形成されます。私たちは、ヒトの全長の変異AR遺伝子を発現するトランスジェニックマウスモデルを作成して、その抗アンドロゲン療法に顕著な病態抑止効果を見い出して、現在その臨床試験が行なわれておりますが、本治療法は他のポリグルタミン病には応用できませんでした。そこで、細胞が本来持っている防御機構を活性化すれば、多くの神経変性疾患に応用可能な病態抑止療法になるのではないかと考えました。これにはいくつかの方法が考えられますが、まず、Hspの防御的機能に着目し、変異蛋白質を特異的に認識する働きを持つHsp70をSBMAモデルマウスで高発現させることで一定の治療効果があることがわかりました。さらに、Hsp70依存性のユビキチンリガーゼ(E3)であるCHIP(C terminus of Hsc70 interacting protein)の高発現でも、Hsp70に認識された変異ARがユビキチン化され、その分解が促進されることを確認して、SBMAマウスの神経症状ならびに病理所見が著しく改善することもわかりました。次に、Hsp90は他の分子シャペロン(Hsp70, Hop, p23, p50など)とともに、Hsp90依存性のクライアント蛋白質と複合体を形成し、そのクライアント蛋白質の安定化と機能発現に重要な役割を果たしており、ARも代表的なHsp90のクライアント蛋白質であり,その機能発現にはHsp90が必須であることに注目しました。Hsp90には特異的な機能阻害剤が存在し、クライアント蛋白質の機能を失活,更にはそれらがUPSで分解されることが明らかにされています。Hsp90阻害剤である17-allylamino-17-demethoxygeldanamycin (17-AAG) は、プロテアソーム依存性にそのクライアント蛋白である変異ARを選択的に分解してSBMAモデマウスの運動機能および寿命を改善させ、さらに、経口投与が可能なHsp90阻害剤である17-dimethylamino-17-demethoxy-geldanamycin (17-DMAG)でも同様な治療効果があることがわかりました。
 この様な細胞内防御機構を利用した病態抑止療法は、幅広い神経変性疾患に応用可能な治療法と考えられますが、概ね進行の緩徐な神経変性疾患の経過を遅延させる臨床効果が発揮できるかどうかは未だ未知数な段階にあります。今後さらに強力な防御機能を高める治療の開発を行っていき、臨床試験を行うことができれば幸いに存じます。
 最後になりましたが、強力なリーダーシップで私たちの研究をサポートしていただいている祖父江教授と研究を支えていただいている研究室のメンバーにこの場を借りて厚くお礼申し上げます。

名古屋大学神経内科分子研究グループのメンバー。
向かって左から3番目が祖父江教授、右から2番目が筆者
【略歴】
1991年
名古屋大学医学部卒業
名古屋大学医学部神経内科学教室に入局し、以後、研修医・医師として社会保険中京病院や国立名古屋病院などにのべ7年間勤務
2002年
名古屋大学大学院医学研究科博士課程内科系神経内科学専攻修了
2002年
財団法人長寿科学振興財団 リサーチ・レジデント
2007年
名古屋大学大学院医学系研究科神経内科特任講師
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