「心を読む」ってどういうこと?

ATR脳情報研究所
神谷 之康
 今回、名誉ある賞をいただくことになりました。推薦してくださったATR脳情報研究所・川人光男所長、研究室のメンバー、そして、共同研究者に心から感謝いたします。日本神経科学会の発展に微力ながら貢献できればと思っております。
 私の研究室では、脳計測信号の解読(デコーディング)を通して、心の状態が脳でどのように表現されているかを解明することを目指しています。「脳から心を読む方法」を研究していると言うと分かりやすいかもしれません。fMRI画像のパターン解析によるmind-readingアプローチを、2005年に発表したとき、その方法そのものよりも、”mind-reading”という言葉に対して、いろんな反応がありました。「この程度のことを"mind-reading"と呼ぶのはおこがましい。心とは何かをまったく理解していない」と憤る人もいれば、「これまでのニューロイメージングの研究はすべてmind-readingだ。今さら、何か新しいことを始めたかのようなことを言うな」と噛みついてくる人もいました。"mind-reading"という言葉に対する人々の思い入れの多様性を思い知らされました。
 私自身は、"mind-reading"を「行動や身体には直接表れず、通常は本人しか知り得ない内部状態を脳から予測すること」という程度の意味で使っています。もちろん、その人の心の状態をすべて手に取るように把握できるということを含意しているわけではありません。
 たとえば、ある人が赤を見ている(あるいは、想像してる、注目している、など)と脳から予測するとはどういうことでしょう。私が提唱するmind-readingの方法では、その人の脳活動パターンが、(以前に)赤に対応する波長の光を見せたときのものと類似している(他の波長に対する脳活動とは異なる)と判断することにすぎません。「赤に対応する波長が、他人に自分と同じように見えているか?」というのは哲学でよく議論される話題ですが、ここではそのような問題は生じません。脳活動を赤に対応する波長に対応づけているだけであって、それが実際にどのように見えているかは、結局のところ、各人がその同じ波長を見たときに自分にどのように見えるかを通して解釈するものです。
 このように脳活動パターンを客観的な刺激や状況に対応させるmind-readingの方法では、特定の心の状態を「情報」として取り出すことはできますが、そこからは脳の持ち主の「私」の視点が抜け落ちます。心の状態と「私」の視点を切り離すことはできない、と考える人にとっては、われわれの方法は不十分なものと感じられるでしょう。私自身も、今後何らかの形で「私」にアプローチできればと考えています。
 一方、従来のニューロイメージングはすべてmind-readingだった、と考える人に対しては、「予測」の重要性を強調しておきたいと思います。従来の多くのニューロイメージング研究では、ある脳部位が課題に対して「偶然ではあり得ない程度」に反応しているかどうかという基準で、結果を評価します(統計的仮説検定)。そのような評価法は、発見的・探索的な研究には有効ですが、脳から何かを予測する上ではあまり役に立ちません。たとえば、脳活動と課題変数との相関係数が0.1、すなわち、脳活動から課題変数の変動(あるいは、その逆)をほとんど説明できない場合でも、サンプル数が十分にあれば、統計的に有意になることがあります。
 「偶然ではあり得ない程度」という基準で採用された仮説は、脳の理解への第一歩として重要ですが、現象の解釈を超えたメカニズムの理解に到達するには、さらなるステップが必要となるでしょう。その一つが、定量的な予測を可能にする理論やモデルだと、私は考えています。予測の精度や効率で理論やモデルを評価したり、予測にもとづく実験系の操作を通して理論を検証したりすることで、神経科学が成熟した科学に脱皮していくのではないでしょうか。
 以上、受賞コメントという場をお借りして、"mind-reading"という言葉をめぐる雑感を述べさせていただきました。今回の受賞を励みに、確かなデータと論理にもとづいて、素人にも玄人にも知的驚きを提供できる、発見に満ちた研究室を築いていきたいと思います。今後とも、ご指導よろしくお願いいたします。

fMRI から再構成された視覚像(右)と筆者(左)
【略歴】
1993年
東京大学教養学部教養学科卒業
2001年
カリフォルニア工科大学,計算・神経システム専攻博士課程修了
2001年
ハーバード・メディカルスクール,研究員
2003年
日本学術振興会特別研究員(SPD)
2003年
プリンストン大学心理学科,客員スタッフ
2004年
ATR 脳情報研究所,研究員
2006年-現在
奈良先端科学技術大学院大学,客員准教授
2008年-現在
ATR 脳情報研究所, 神経情報学研究室・室長
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