プロスタグランジンから発熱、そして自律神経へ

Oregon Health & Science University
Neurological Sciences Institute
中村 和弘
 この度、日本神経科学学会奨励賞を頂きましたことは喜びであるとともに、今後の研究生活に対する激励を頂いたという意味では身の引き締まる思いでもあります。私は現在、アメリカ・オレゴン州にあるOregon Health & Science University(OHSU)に留学しております。この大学は日本ではあまり馴染みのない方も多いかもしれませんが、アメリカ西海岸で有数の医学校として、また神経科学分野に強い大学として知られています(現在のJ. Neurosci.の編集長はOHSU Vollum研究所のGary Westbrook)。オレゴンは緑の多い美しいところで、車で少し走ると様々なアウトドアアクティビティを楽しむことができます。また、ナイキやインテルなどの世界的大企業の本社があるので日本人も多く、日系のスーパーマーケットが近いのでなかなか快適な生活を送ることができます。
図1 体温調節機能に関与する交感神経経路(赤)は延髄縫線核のプレモーターニューロンによって中継され、循環系調節の交感神経経路(青)は吻側延髄腹外側野(RVLM)のプレモーターニューロンによって中継される。これらのニューロンには異なったサブタイプの小胞性グルタミン酸輸送体(VGLUT)が発現しているが、ともにグルタミン酸作動性ニューロンであると考えられる。いずれのプレモーターニューロンもさらに上位の自律神経中枢から様々な入力を受ける。
IML: 交感神経節前ニューロンの存在する中間外側細胞柱。
 ところで私は、大学院時代の研究テーマであったプロスタグランジン受容体の分子・細胞生物学的解析を通じて、その受容体の生体内での機能に興味を持つようになりました。元来、脳・神経科学に興味があったので、脳に多く発現するプロスタグランジンEP3受容体の抗体を作成して中枢神経系における発現分布を調べると、自律神経系関連の領域に多いことが分かりました。特に、プロスタグランジンが作用して発熱を引き起こすことが知られていた視索前野における発現は私にとって非常に印象的なものでした。そこで、視索前野からのプロスタグランジンのシグナルがどのようなメカニズムで発熱という生理反応につながるのだろうかという疑問を持つようになりました。組織化学と生理学の両面から解析していくと、視索前野からの発熱シグナルは延髄の淡蒼縫線核を経て交感神経出力系へと伝えられることが分かりました。さらに、発熱を中継するこの延髄のニューロンは体温調節を司るプレモーターニューロンであり、これが脊髄の交感神経節前ニューロンを直接制御することで末梢の体温調節器官をコントロールしていることが分かりました。また、このプレモーターニューロンはこれまで教科書的に古くから知られていた血液循環制御のプレモーターニューロンとは異なった全く新しいグループのものであることが分かりました(図1参照;詳しくは総説、Neurosci. Res. 51:1-8, 2005をご覧下さい)。これらの結果は、中枢から様々な末梢器官への交感神経制御が一元的なものではなく、循環制御や体温調節といったそれぞれの生理機能に応じて存在する中枢制御システムによって担われていることを示唆しています。
 自律神経系は私達の生命維持を担う大変重要なシステムであるにもかかわらず、その中枢機構に関してはまだまだ謎が残されているというのが現状です。例えば、ストレスなどが原因となって生じる自律神経失調症状は現代社会に生きる多くの人達を悩ませていますが、その病態の基盤となる中枢機構は未だほとんど解明されていません。私は現在オレゴンにて、in vivo(主にラット)の電気生理実験系を用い、ストレス関連領域を含めた様々な脳内の領域に薬物を微量注入したときに生じる自律神経反応を通して自律神経系の中枢制御回路を明らかにしようとしています。研究室を主宰するDr. Shaun Morrisonは交感神経研究の第一人者で、齧歯類における主要な熱産生器官である褐色脂肪組織での交感神経記録を得意としています。また同時に、血圧・脈拍・体温・CO2排出量などを測定することで総合的な生理反応の解析を行っています。さらに、私がこれまでに習得してきた神経解剖学的技術を生かして神経投射や伝達物質の組織化学的同定も平行して行い、生理実験の結果と組み合わせることでより多角的な現象の理解を目指しています。将来、こうした研究が「病は気から」という諺を科学の言葉で語るうえでの一助になれば、と思います。

図2 筆者近影(右)。コロラド州・スノーマスで行われたFASEB summer conferenceにて、研究室のボス Dr. Shaun Morrison(左)とともに。
 最後になりましたが、これまでの研究は共同研究者の先生方の御協力を得て行ったものです。特に、神経解剖学、生理学の実験法をお教え下さった京都大学大学院医学研究科 金子武嗣 先生、大阪工業大学情報科学部 松村潔 先生、大学院時代の恩師である京都大学大学院生命科学研究科 根岸学 先生にはお世話になりました。この場をお借りして御礼申し上げます。
【略歴】
1997年 京都大学薬学部卒業
2002年 京都大学大学院薬学研究科博士後期課程修了(薬学博士)
2002年 関西医科大学日本学術振興会特別研究員
2003年 京都大学大学院医学研究科日本学術振興会特別研究員
2005年 Oregon Health & Science University Post-doctoral Research Fellow
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