「第1回ブレインバンクシンポジウム」から

公立大学法人福島県立医科大学医学部神経精神医学講座
池本桂子
〒960-1295 福島市光が丘1
1 Hikarigaoka, Fukushima, 960-1295, Japan
 昨年10月22日、福島のホテル辰己屋において、日本学術振興会科学研究費よる「第1回ブレインバンクシンポジウム」を開催した。神経科学領域の基盤(C)企画で、課題「精神疾患死後脳バンクのネットワークを用いた研究の推進」(研究代表者:池本桂子)が、採択されたからである。科学研究費が初めて「脳バンク」に助成された。
 精神疾患研究において、死後脳研究は不可欠であるが、本邦では、国立精神神経センターにデータベースを置くリサーチリソースネットワーク(RRN)、福祉村ブレインバンクなどは知られているが、欧米に比較して脳バンクの整備が不十分であり、脳バンクのネットワークを用いた研究を行なうことは、なかなか難しい。一方、日本にいて海外の脳サンプルを用いた研究を行った場合、多額の日本の研究費を使っても、得られたデータは海外の脳バンクに帰属するという不遇が生じるという。このようなご時世の中、福島県立医科大学では、1997年以来、系統的な精神疾患脳バンク(会長:丹羽真一先生)を構築し、その維持と発展のために活動を続けてきた。今回の科学研究費採択の背景には、この地道な努力があったと思われる。
 シンポジウムのテーマについては、熟考の末、「精神疾患死後脳研究におけるニューストラテジー」とし、死後脳研究の新たな展開、とくに遺伝子のエピジェネティクスや神経幹細胞の治療への応用といった分野を強調した。研究費の性質上、脳の収集よりもむしろ、「研究の推進」が目的だったからである。
 オランダ王立科学芸術アカデミーのRivka Ravid先生と、University of Central Floridaの菅谷公伸教授を海外からご招待した。Ravid先生には、オランダ脳バンクのシステムについて分かりやすく話していただいた。“Don’t take your brain to heaven. ….”云々という、気が利いたくだりで、脳バンクの啓蒙活動を行っているということだが、欧米と日本の死生観の違いを微妙に感じさせるものでもあった。菅谷先生には、死後脳から取り出した幹細胞をラットに移植し、学習能力を向上させ得ること、統合失調症との関連が注目されるreelin遺伝子のノックアウトマウスでは、幹細胞のmigrationが抑制されるという研究結果をご紹介いただいた。
 国内の9人のシンポジストからも、ホットな発表があった。脳バンクの構築や倫理上の問題と、最近の知見の紹介はもちろんのこと、脳内のmRNAの発現量が脳のpHに依存するという質の問題が取り上げられた。今後発展しなければならない分野として、遺伝子の後生的調節(エピジェネティクス)の精神疾患発症との関連の解明や、神経幹細胞を精神神経疾患の治療へ応用する視点など、開発が期待されるトピックにも焦点が当てられた。
 新たなプロテオミクスの手法として、これまでガンの診断に応用されていた質量解析顕微鏡の技術を脳研究に応用しようとする試みや、遺伝子改変動物の表現型解析の方向から統合失調症脳研究を行うという発想も紹介された。
 理化学研究所の加藤忠史先生、岩本和也先生、横浜市立大学法医学の西村明儒先生、東北大学大学院の富田秋博先生、東京工業大学の一瀬宏先生、京都大学大学院(現在、藤田保健衛生大学)の宮川剛先生、岡崎生理学研究所の瀬藤光利先生、札幌医科大学の橋本恵理先生といった第一線の先生方に加え、厚木の家族会の上森得男氏が話してくださり、福島県立医科大学からも、丹羽真一先生、國井泰人先生、筆者が発表を行った。精神医学関係、脳研究と神経科学関係の研究者や学者が全国から約50名参加され、盛会となった。
 今後の脳バンクのシステム維持と発展に関わる財政的問題に対し、大型研究助成費を協力して応募申請し、研究費獲得を目指すべきであるとの指摘もあり、その方面での努力が払われるようになった。学会レベルでは、日本神経病理学会にひき続き、日本生物学的精神医学会においてブレインバンク委員会ができ、後者においてはワーキンググループの活動も始まりつつある。科学研究費基盤(C)企画は、今年度から廃止になったが、できれば別の助成によって、第2回目のシンポジウムを開催することを希望している。今後の発展に向けて、第1回ブレインバンクシンポジウムで得られた交友関係や知識を大切にしたいと思った。
  最後に一言・・・関係者の皆様、お世話になりました。
Copyright©日本神経科学学会 All rights reserved.