線虫をもちいた温度応答の分子神経メカニズムの解析

甲南大学 理工学部生物学科 生体調節学研究室
久原篤

 この度は名誉ある賞をいただきまして、身に余る光栄であるとともに身の引き締まる思いでございます。選考委員会の先生方をはじめ、関係各位に厚く御礼申し上げます。線虫を実験材料とした生命科学の基礎的な研究を行なっていますため、今後の研究活動に対して大きな励みとなり、一層精進したいと意を新たにしております。はじめに、今回の受賞は、これまでご指導いただきました先生方ならびに共に研究を行ってきた方々のおかげでございます。この場を借りて、深く御礼申し上げます。特に、長年に渡り御指導をいただいた、名古屋大学 森 郁恵 教授に感謝申し上げます。今回推薦を頂き研究面でも大きなサポートをして頂いております、甲南大学 日下部 岳広 教授に感謝申し上げます。

 私は、1998年に名古屋大学理学部の4年生として神経科学の研究生活をスタートいたしました。当時、研究室をスタートされた森 郁恵先生の第一期生でございました。それ以降、一貫して線虫C. elegansをつかい、感覚と記憶学習にかかわる神経回路の分子生理メカニズムの研究を行なってきました。C. elegansは、302個の神経細胞をもち、それらの細胞からなる神経回路の全貌が、電子顕微鏡をもちいた切片の解析から明らかになっているため、大きな利点となっています。線虫は、シンプルな神経回路しか持たないのですが、化学物質や光や温度など様々な外部刺激を感知し、多様な応答行動をとることができます。その中でも、温度走性と名付けられた行動は、記憶や学習といった神経機能の可塑性を反映した複雑な行動です。温度走性とは、線虫を「一定の温度下」で「餌の存在する条件」で飼育すると、温度勾配上で過去の飼育温度に移動する行動です。例えば、20℃で、餌の存在する条件で飼育された個体は、温度勾配上で、飼育温度である20℃へ移動し、20℃の温度域に留まるように行動します。この行動は1975年にHedgecockとRusselにより公表されて以来、温度感覚や記憶学習といった神経情報処理の優れたモデル系として、分子遺伝学的手法を用いて解析が進められてきました。そのなかで、温度の感知と記憶学習の神経回路の情報処理に関して解析を行ない、幸運にも新しい概念の創出となる結果が得られてきました。

 分子生物学的には、温度感知と記憶学習に関わる新しい分子を同定しました。感覚ニューロンの感度の調節に、カルシウム依存性フォスファターゼであるカルシニューリンが関与することが初めて明らかになりました。また、温度の感知に関しては、従来知られていたTRPチャネルを介した温度情報伝達以外の分子経路として、3量体Gタンパク質を介した温度情報伝達経路が全動物で初めて明らかにされました。この研究は、同僚の奥村将年氏が行なってきた研究に基づいたものでございました。温度の記憶学習に関しては、カルシニューリンなどのカルシウム情報伝達系の関与と、分泌性ペプチドであるインスリンの関与がみつかってきました。インスリンの解析は現東京大学の児玉英志博士によるものです。さらに、カルシニューリンやインスリンの変異体の温度学習行動の異常を細胞特異的に回復させる解析から、温度と餌の関連付け学習が、わずか3つの介在ニューロンで制御されることが明らかとなりました。

 生理学的には、カルシウムや、膜電位のインディケーターを駆使し、感覚と記憶学習に関わるシンプルな回路のダイナミクスを明らかにしてきました。さらに、光駆動性チャネルと、企業と共同開発した光学装置とプログラムを駆使して、単一感覚ニューロンがそれと接続する単一の介在ニューロンに興奮性と抑制性の相反する神経伝達を行ない、その情報処理に関わる神経活動の生理暗号を見つけました。以上のように、これまでの研究において、環境情報の入力から行動出力にいたるまでの神経回路システムを、「分子」-「神経細胞」-「神経回路」-「個体」の各レベルを統合して解析をおこない、神経情報処理に関わる新しい概念がみつかってきました。

 2011年度より研究室を構えることとなりまして、線虫をもちいて温度に対する応答性の新しい研究プロジェクトを立ち上げております。 最後になりますが、これまでご指導いただきました先生方ならびに共同研究者の方々に、深く御礼申し上げます。

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受賞研究内容を議論する総説(Neuroscience Research掲載)
Ohta A., Kuhara, A., 2013. Molecular mechanism for trimetric G protein-coupled thermosensation and synaptic regulation in the temperature response circuit of Caenorhabditis elegans. Neurosci. Res. 76, 119-124.

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筆者近影

[略歴]
1999年
名古屋大学 理学部 分子生物学科卒業
2004年
名古屋大学大学院 理学研究科 博士課程修了
2004年
日本学術振興会 特別研究院PD
2005年
名古屋大学大学院 理学研究科 助手
2007年
名古屋大学大学院 理学研究科 助教
2009年
名古屋大学大学院 理学研究科 講師
2011年
甲南大学 理工学部 生物学科 講師