精神・神経疾患の社会性障害の理解と克服に向けて

京都大学大学院 医学研究科 脳病態生理学講座 精神医学教室
高橋 英彦

この度は、平成24年度日本神経科学学会奨励賞を頂くことになり大変、光栄に存じます。私は研修医の頃、統合失調症をはじめとした精神疾患患者が、幻覚や妄想といった症状は消褪しても、社会生活がうまく行かないことを目の当たりにしてきました。当時、統合失調症の認知障害についての研究がされるようになってきて、患者の社会能力を考えるうえで認知障害が重要な因子であると報告され、自分の浅い経験に基づく直観と一致していると思い、精神・神経疾患の認知障害を研究していこうと決意しました。人間の精神活動は知・情・意と呼ばれます。当時の認知機能といえば、知に相当する部分を研究するのが主流で、既に伝統的な神経心理学や認知神経科学で精緻な研究がなされ、新参者が立ち入る余地はないなと恐れをなしたのと同時に、患者の社会能力を考えるうえでの認知障害は、知のレベルにとどまらず、情・意の部分ではないかとおぼろげに考え、なんとかこのテーマに手を出したいと考えていました。情・意は情動、感情、意志、意思決定、意識といった精神機能が含まれると思います。今でこそ、認知科学が進化し、非侵襲的脳イメージングが広く流布し、このようなテーマも認知神経科学的に扱えるようになり、社会認知、社会神経科学などという言葉も誕生しました。さらに、患者の社会能力や生活の質を考えるうえは、認知障害の中でも社会認知が最も重要ということも今では当然の事実として受けいれられています。しかし、私が研究をしたいな思った頃は、少なくとも臨床の精神科教室では、機能的MRIはほとんど浸透しておらず、社会神経科学の機運も高まっていない状況でした。また当時、私は田舎の民間病院で精神科医として勤務しており、ハードもソフトも何もない状況でした。それでも精神科の臨床資格を取得したら、海外留学も含めて、研究の世界に飛び込もうと考え、英会話の駅前留学と関連のある論文を読み続け、来るべきチャンスに備えようと思っていました。準備をしているとチャンスは巡ってくるもので、当時、勤めていた病院がMRIを新調するという話が出てきて、さらに当時精神疾患の脳画像研究の中でもPET研究で世界的な仕事をされておられた現、日本医科大学精神科の大久保善朗教授と、放射線医学総合研究所の須原哲也先生のご助言で、そのMRIを機能的MRIも可能なハード環境にしていただきました。しかしソフト面に関しては全くゼロからのスタートで、いろんな講習会や研究会への参加を支援していただき、悪戦苦闘してなんとか安定したデータをとれるようになりました。MRIは日中は臨床に使用されているので、夜や週末を利用して予備実験を重ねました。深夜まで被験者に付き合ってくれた大久保先生や当時の病院の後輩、それから、週末はあまり家に帰らず、MRI室にこもっていましたが、文句も言わずに見守ってくれた妻には感謝したいと思います。社会情動や統合失調症の情動障害のfMRI論文を病院勤務中にまとめることができ、学位を取得後は放射線医学総合研究所で、高次機能や精神疾患の分子神経イメージング研究に携わりました。この間、カリフォルニア工科大学の下條信輔先生やColin Camerer教授のところに留学し、意思決定についての学際的な研究アプローチに触れ、それを2008年に採択していただいた川人光男先生が総括をお勤めになるさきがけ(脳情報の解読と制御)で情動的意思決定の分子神経イメージング研究に活かせることが出来ました。このまま研究所にとどまるか、clinician scientistとして基礎研究と臨床研究の橋渡し役になるべく臨床教室に戻るか迷いが常にありましたが、現所属の村井俊哉教授から後者として、後輩の指導も含めて頑張ってほしいとお誘いもあり、今に至っております。思い起こせば、いろんな方との奇跡的な出会いがあり、本当に周囲の方々に恵まれてきたと心から思います。会員の皆様にはこれまでに引き続き、ご指導、ご鞭撻を賜りたく存じます。同時に、さらに若い人を指導する立場になり、一つ、clinician scientistを目指す若い方へメッセージを送るとすれば、チャンスを活かすには、しっかりした準備をしておくことが必要です。臨床がメインの時期でも研究の準備、研究生活の時にも臨床の知識と技量のアップデートをして、準備をしておけば、多くの出会いが偶然ではなく必然と思えるかもしれません。

受賞研究内容を議論する総説(Neuroscience Research掲載)
Takahashi, H., 2013. Molecular neuroimaging of emotional decision-making. Neurosci. Res. 75, 269-274.

takahashi
筆者近影

[略歴]
1997年 東京医科歯科大学医学部卒業
2006年 放射線医学総合研究所 分子イメージングセンター主任研究員
2008年 カリフォルニア工科大学生物学科留学
2008年 科学技術振興機構さきがけ研究者(兼任)
2010 年 京都大学大学院 医学研究科 精神医学 講師
2011年 京都大学大学院 医学研究科 精神医学 准教授