小脳におけるシナプス形成機構の解明

ベイラー医科大学 分子人類遺伝学
石田 綾

 このたびは、神経科学会奨励賞という名誉ある賞をいただき、大変光栄に感じております。選考委員の先生方、関係者の方々に、厚く御礼を申し上げます。
 こどもは生後発達の過程で、運動・言語・社会性など、多彩な機能を獲得します。成長過程に個人差はありますが、全体的に発達は規則的な段階を経て、共通の原理のもとで進行すると考えられます。この仕組みを明らかにすることができたら、という漠然とした希望を持って、私は自治医科大学小児科での初期研修の後、慶應義塾大学・柚﨑研究室の門をたたきました。今回受賞対象となったのは、博士課程より昨年まで、小脳におけるシナプス形成の分子機構の解明を目的として、Cbln1という分泌タンパクに着目して行った研究の成果です。
 小脳は運動調節に必須の機関であり、プルキンエ細胞と平行線維(顆粒細胞の軸索)の間には一細胞あたり数十万個のシナプス(平行線維シナプス)が存在します。私は博士課程での研究から、Cbln1が成体マウスの小脳で平行線維シナプスの形成を強力に誘導することを明らかにしました(J Neurosci, 28(23), 5920-30, 2008)。以前の研究から、Cbln1欠損マウスでは平行線維シナプスが激減しており、歩行障害を呈すことが報告されていましたが、Cbln1が直接シナプス形成を誘導するかについては不明でした。そこで、組み換えCbln1を用い、シナプスに及ぼす変化を形態的・機能的側面から解析しました。その結果、組み換えCbln1をCbln1欠損マウスの小脳に作用させると、平行線維シナプスが急激に増加することを明らかにしました。そして驚くべきことに、Cbln1注入後に歩行異常が著しく改善し、よたよた歩きだったマウスが、2日後にはすたすたと駆け回るようになることを示しました(図A)。
 シナプスは、構成分子の集積と形態の変化を経て段階的に出来上がると考えられています。しかし通常、シナプス形成はランダムに起こるため、時系列に沿って系統的に観察することが困難とされていました。私はCbln1を利用してシナプス形成を一挙に誘導すれば、この過程を詳しく観察することができるだろうと考えました。そこで博士課程修了後は。東京大学の岡部先生にご指導いただき、ライブイメージングによる平行線維シナプス形成過程の直接観察を行い、研究を発展させることとしました。その結果、シナプスの形成途中で平行線維から『小さな突起』が伸び、シナプスの成熟を促すという、まったく新しいメカニズムが存在することを見出しました。『小さな突起』はプルキンエ細胞のスパインを一時的に取り囲み、それと同時にシナプス構成分子の集積量が亢進しました(図B)。さらに幼弱期のマウスには個体レベルでも『小さな突起』が存在し、シナプス形成と密接に関係し、その形成にはCbln1とその受容体であるδ2受容体とニューレキシンの3つのタンパク質の相互作用が必要であることを明らかにしました (Neuron, 76(3), 549-64, 2012)。
 最後になりましたが、ご指導いただきました柚﨑通介先生、岡部繁男先生ほか、お世話になった先生方に、こころから御礼を申し上げます。柚﨑研究室では、生化学・電気生理学・個体レベルでの実験など、各手法に卓越した先生方にご指導いただき、いろいろなアイディアを出し合って研究を進める楽しさを学ぶことができました。岡部研究室では、イメージングから得られたデータの細部にまで注意をはらい、丁寧に研究を進める大切さを学びました。また、平行線維の『小さな突起』を見出す過程では、北海道大学・渡辺雅彦先生と研究室の先生方による電顕解析が不可欠でした。家族のサポートもあり、恵まれた環境で研究ができたことに、感謝しております。また、昨夏からはHuda Zoghbi先生の研究室に留学する機会を得ることができましたので、レット症候群の病態解明をテーマに、心機一転して新たな研究をはじめています。いままで以上に責任を感じ、日々、力不足も感じているのですが、研究を通し、発達の原理を解明するという大きなパズルの小さな一コマを埋めるため、努力していきたいと考えています。

受賞研究内容を議論する総説(Neuroscience Research掲載)
Ito-Ishida, A., Okabe, S., Yuzaki, M., 2014. The role of Cbln1 on Purkinje cell synapse formation. Neurosci. Res. 83, 64-68.


【略歴】
2003年 東京大学医学部卒業
2009年 慶應義塾大学医学研究科、博士課程修了
2009年 東京大学大学院医学系研究科、日本学術振興会・特別研究員
    (SPD)
2012年 ベイラー医科大学、日本学術振興会・海外特別研究員