単純な学習系で照らし出す大脳新皮質に記憶が固定化される仕組み

トロント大学心理学部
竹原(西内) 可織

 この度は、平成25年度日本神経科学学会奨励賞を頂くことになり、大変光栄に思っております。選考委員の先生方や学会関係者の方々に御礼申し上げます。
 記憶は脳のどこに、どのように作られ、保存されているのか? 私は大学院在籍時から一貫して、この問いに対する答えを探しています。私が特に興味を持ったのは、宣言的記憶と呼ばれる日々の出来事などの記憶です。これまでの研究により、この種の記憶は海馬を中心とする内側側頭葉の働きで獲得された後、数週間から数か月にわたる固定化の過程を経て、大脳新皮質に貯蔵されると考えられてきました。しかし、多くが海馬のみを研究対象としてきたため、大脳新皮質の神経回路の変化については、2000年代に入っても記述的な説明にとどまってきました。受賞対象となった研究は、ラットのトレース瞬目反射条件づけをモデル系とした行動、薬理、神経生理学的実験から、内側前頭前皮質が固定化された記憶を担う神経回路で中心的な働きをすることを明らかにしました。

 ラットの内側前頭前皮質は実行機能や作業記憶に重要な働きをすると考えられており、長期記憶にはあまり関係がないとされてきました。では、なぜ内側前頭前皮質に着目したのか?きっかけは、上述の問いに対する、Larry Squire博士の以下のような答えです。

The most likely site of storage is the set of particular cortical processing systems that are engaged during the perception, processing, and analysis of the material being learned. (Memory and Brain, p. 123)

この一文に触発された私は、過去の文献から、どの大脳新皮質の領域が記憶の獲得に関与するのかを調べました。単純な学習課題をモデル系として使っていたことが幸いし、候補となる領域をすぐに特定することができました。さらに幸運にも、最初に試した内側前頭前皮質の損傷により、固定化された記憶の表出が著しく障害されることを示すことができました。その後、内側前頭前皮質が固定化された記憶の表出に重要な働きをすることは、げっ歯類の他の学習課題で確認されただけでなく、ヒトのfMRI実験でも示されました。

 次のステップとして、私が目指したのは、記憶が前頭前皮質に作られていく過程を“見る”ことでした。このため、内側前頭前皮質の単一神経細胞群の活動を、学習初日から記憶が内側前頭前皮質に固定化されるまでの2ヶ月間毎日測定しました。この実験のため、2年間は毎日8時間実験室にこもりきりになるはめになりましたが、内側前頭前皮質に記憶が固定化されるのと同じタイミングで、内側前頭前皮質の神経細胞が記憶に選択的な活動を示すようになることを発表することができました。以前の研究により、大脳新皮質の神経細胞が記憶に選択的な活動を示すことはすでに報告されていました。本研究は大脳新皮質に記憶の神経表現が形成される過程をとらえたという点で新しい発見となりました。
 内側前頭前皮質は固定化された記憶を担う神経回路の一角でしかなく、内側前頭前皮質が他の脳領域とどのように連関して働くのかはよくわかっておりません。そのため、現在では、内側前頭前皮質と強く結合している嗅内皮質に研究対象を拡大して、電気生理学的手法と神経経路および遺伝子選択的な修飾法を組み合わせた研究を展開しております。大学院時のごく単純な発想に端を発した研究ではありますが、まだまだ発展の余地があるようです。今後も通説にとらわれず、今何がわかっていないのかを常にみつめて、研究を進めていきたいと思っております。
 最後になりましたが、受賞対象の研究は、多くの先生方や共同研究者の方々の温かいご指導の賜物です。特に大学院在学時に大変お世話になりました、桐野豊先生(現徳島文理大学学長)と川原茂敬先生(現富山大学教授)に厚く御礼申し上げます。また、研究に専念できる環境を与えてくれた家族に、この場を借りて感謝の意を述べさせていただきます。今後とも神経科学学会会員の皆様のご指導とご鞭撻を賜りますよう、どうぞ宜しくお願い申し上げます。

受賞研究内容を議論する総説(Neuroscience Research掲載)
Takehara-Nishiuchi, K., 2014. Entorhinal cortex and consolidated memory. Neurosci. Res. 84, 27-33.

経歴
2001年 東京大学薬学部卒業
2003年 東京大学大学院薬学系研究科機能薬学専攻 修士課程修了
2006年 東京大学大学院薬学系研究科機能薬学専攻 博士課程修了
2006年 米国 アリゾナ大学 博士研究員 (HFSP長期フェローシップ)
2009年 カナダ トロント大学心理学部 アシスタントプロフェッサー


写真説明:研究室メンバーとともに。筆者は下段左。