てんかんの細胞神経科学

てんかんの細胞神経科学

東京大学 大学院薬学系研究科 薬品作用学教室 小山 隆太

 この度は、栄誉ある賞を賜り大変光栄です。選考委員の先生方と学会関係者の方々に心より御礼申し上げます。
世界には、約5千万人(約100人に1人の割合です)ものてんかん患者が存在します。既存の抗てんかん薬の主な作用はてんかん発作を抑制することであり、てんかんの発症自体を防ぐものではありません。また、患者の約30%は、薬物療法に耐性を示します。さらに、乳幼児期のけいれんや脳障害による将来のてんかんの発症、いわゆるてんかん原生の獲得のメカニズムには未解明な点が多く残ります。私は、真にてんかんという疾患を克服するためには、対症療法に留まらず、てんかん原生獲得における異所性神経回路形成の分子細胞生物学的メカニズムをひとつずつ明らかにしてゆくことが重要だと考えます。そして、それらをターゲットとした「抗てんかん原生獲得」薬の創薬が必要だと考えながら、研究を遂行して参りました。また、てんかんの研究をおこなうことにより、生理的条件下における神経回路形成メカニズムへの理解も深まりました。
 てんかん発作の原因となるニューロンの同期した過剰発火は、異所性神経回路によって誘導されます。私は「てんかん脳の中で何が起こっているのか」を可視化するための実験系を開発し、異所性神経回路の形成メカニズムの解明を目指して参りました。特に、てんかん脳で観察される異所性ニューロンについては、乳幼児期の複雑型熱性けいれんがニューロンの移動に異常を誘導することが原因となることを発見しました(げっ歯類を用いた研究)。そして、熱性けいれん後の異所性ニューロンの出現とこれを要因とするてんかんの発症を、塩化物イオンの細胞内恒常性を制御する薬物の投与によって防ぐことに成功しました。これらの研究成果は、てんかん原生獲得をターゲットとした治療法が可能であることを示唆する重要なものであると考えております。
 今後は、てんかん脳におけるニューロン・グリア相関に着目してゆきます。グリア細胞は、シナプス間隙での神経伝達物質やイオン濃度の調整、そしてシナプスの貪食など、神経回路機能に直接的および間接的に影響します。よって、神経回路の病とも言われるてんかんを理解する上で、ニューロン・グリアネットワークを包括的に捉えることは必須です。このため、私はハーバード大学医学大学院のボストン小児病院(Beth Stevens Lab.)にて、活動依存的な神経回路形成へのグリアの関与についての研究をおこない、知見を深めて参りました。今後は留学中に培った知識と技術を応用して、てんかん研究のさらなる発展を目指します。てんかん脳では興奮性シナプスの異所的な付加や抑制性シナプスの欠落が生じ、回路の興奮/抑制バランスが崩壊します。このことは、てんかん脳の研究が、中枢神経系におけるシナプス付加と除去を根底とした神経回路形成メカニズムを解明するための絶好の機会を与えることを示し、グリア細胞によるシナプス除去を含め、純粋な細胞神経科学の研究対象としても興味深いと考えております。
 最後になりますが、私の一連の研究は、多くの先生方や共同研究者の方々のご指導とご支援の賜物です。特に、学生時代より長い間お世話になり、さまざまなチャンスを与えてくださった松木則夫先生と池谷裕二先生に厚く御礼申し上げます。学部4年の頃から直接実験の手解きをしてくださった池谷先生には感謝の言葉が尽きません。また、サイエンティストとして常に格好いい背中を見せてくださったことは、私がサイエンティストの道を進む原動力になりました。これは、同じく教員となった私も目指すべき姿であり、身の引き締まる思いです。また、研究に没頭できる環境を与えてくれた家族に、この場を借りて感謝の意を述べさせていただきます。今後も、「乳幼児期の神経回路形成異常のメカニズムを明らかにして、将来ある子供達を脳疾患から救う」という大きな目標のもと、研究と教育に精進する所存ですので、神経科学学会会員の皆様のご指導とご鞭撻をこれまでどおり賜りますよう、どうぞよろしくお願い申し上げます。

受賞研究内容を議論する総説(Neuroscience Research掲載)
Koyama, R., Ikegaya, Y., 2015. Microglia in the pathogenesis of autism spectrum disorders. Neurosci. Res. 100, 1-5.

略歴
2001年 東京大学・薬学部卒業
2006年 東京大学・大学院薬学系研究科 博士課程修了(Ph.D.)
2006年 東京大学・大学院薬学系研究科 助手
2010年 ハーバード大学・医学大学院 ボストン小児病院 博士研究員
2013年 東京大学・大学院薬学系研究科 助教

写真の説明
恩師である池谷先生(右)と筆者(左)。