脳の設計図と変化する脳

脳の設計図と変化する脳

京都大学 白眉センター
今吉 格

この度は、平成27年度日本神経科学会奨励賞を賜り大変光栄に存じます。今回の受賞を励みに、研究の更なる発展を目指して今後も努力して行きたいと思っております。これまでの研究活動を様々な面からサポートしてくださった影山龍一郎教授(京都大学ウイルス研究所)を初め、これまで指導賜りました多くの先生方、共同研究者の皆様、研究に協力して下さったスタッフに、この場をお借りして深く感謝の意を述べさせて頂きたいと思います。

私はマウスを用いて、哺乳類の脳の設計図のしくみと、脳の可塑性について研究を行ってきました。具体的にはマウス脳における神経幹細胞やニューロン・グリア細胞の分化制御機構と、生後脳・成体脳におけるニューロン新生という現象に着目して研究を行っています。

すべてのマウスが共通の脳の構造を発生させ、我々が無意識に行っている体温や呼吸の調節、睡眠のコントロールなどを行う為には、脳の中でニューロンが充分に産生され、神経回路が正確に配線される必要があります。胎児脳における発生過程において、必要な時・場所で、必要な種類のニューロンが産生されるためのメカニズムは、脳の設計図の中でも重要な要素です。私は各種遺伝子の発現をコントロールする、転写因子というたんぱく質に特に着目して研究を行ってきました。近年、これらの転写因子が振動的に発現するというストラテジーを採用する事によって、複雑精緻な脳を発生させることを明らかにしました。極めて厳密な発生が要求される脳において、その設計図はたんぱく質の振動とその乱れを積極的に利用している事には驚きを感じております。

また、古くから、哺乳類の脳神経系を構成するニューロンは、胎児期に産生され、大人になってからは新しくは産生されず、その再生能力はないと信じられてきました。しかし、脳の中の記憶を司る海馬や、匂い情報処理の一次中枢である嗅球においては、生後や成体脳においても継続的にニューロンが産生され、神経回路に組み込まれ続ける事が明らかになってきました。脳の発生は大人になってからも引き続いて起こっているととらえることもできます。この脳を構成するニューロンが日々の生活の中で時々刻々と入れ替るという現象は、脳が持つ可塑性の最も端的な事例であるとも考えられます。私は、この成体脳ニューロン新生が記憶や匂い情報処理等の高次脳機能に積極的に関与している事を明らかにしてきました。また、最近では、生後から大人になるまでのニューロン新生の破綻と精神疾患との関与についても研究を進めております。

今後も、神経幹細胞の制御機構とニューロン新生の研究を通じて、脳の設計図と脳の可塑性について、研究を進めて行きたいと思っております。

私の一連の研究は、多くの先生方や共同研究者の方々のご指導とご支援無しには成し遂げることはできませんでした。特に、大学院在籍時より10年以上に渡り、京都大学ウイルス研究所にてお世話になりました、影山龍一郎先生に厚く御礼申し上げます。人生のすべてをサイエンスに捧げ、大きな目標を抱きつつも日々の研究活動を粛々とこなす姿勢を、背中を見て学ばせて頂きました。また、JSTさきがけ研究にて、様々な角度から指導頂いております村上富士夫総括、浜地格総括を初め、多くのアドバイザーの先生方に感謝致します。アメリカ滞在中に大変お世話になりました小宮山尚樹先生、学際的研究や研究成果の社会への還元について、多くのことを学ばせて頂いている京都大学・物質-細胞統合システム拠点(iCeMS)と京都大学・大学院医学研究科メディカルイノベーションセンターSKプロジェクトの関係者の皆様に感謝致します。また、長きに渡り、本当の意味での自由奔放に研究できる環境を与えて頂いております、京都大学白眉センターと関係者の皆様に感謝致します。最後になりますが、今後とも日本神経科学会会員の皆様のご指導とご鞭撻を賜りますよう、何卒宜しくお願い申し上げます。

略歴
2003年 大阪大学・工学部 卒業
2008年 京都大学・大学院生命科学研究科 博士課程修了 (生命科学博士)

2009年 JST・さきがけ研究者 「脳神経回路の形成・動作と制御」領域
2011年 京都大学・白眉センター「白眉研究者」(特定准教授)
2012年 京都大学・物質-細胞統合システム拠点 (iCeMS) 連携准教授(兼任)
2013年 京都大学・大学院医学研究科・メディカルイノベーションセンター・SKプロジェクト 特定准
教授 (兼任)
2014年 JST・さきがけ研究者 「統合1細胞解析のための革新的技術基盤」領域


京都大学ウイルス研究所にて。影山龍一郎教授(左)・筆者(右)。