意識経験はどのような神経メカニズムによって支えられているのか?

意識経験はどのような神経メカニズムによって支えられているのか?

オーストラリア、モナシュ大学、心理科学学部
土谷 尚嗣

 脳と意識の関係性の問題(マインド・ボディ・プロブレム)について、私自身が考えるようになったのは、おそらく、小学校に入る少し前の冬のことだった。当時親しくしていた友達が風邪をこじらせて死んでしまったのだ。もう彼と遊べないことがとても悲しかった一方、死んだらどうなるのか、死ぬってどんな感じなのか、色々と考えたがわからなかった。生き残った私たちが悲しいのには納得がいったが、死んでしまった彼に対して、「つらかっただろうに」と泣いていた大人に違和感を覚えた。なんで死ぬ時つらいって、生きているあなたにわかるの?と。
 中学生の頃、学校からの帰り道に、はたして私と友達は、同じ色を、同じように見ているかについて議論になった。「この世の青いモノを、他の人はちゃんと青く感じていても、自分だけが間違って黄色に感じているかもしれない。でも、生まれてからずーっと黄色を青と思っているから、不都合は感じない。そんな可能性ってあるか?」議論は平行線をたどり、モヤモヤした気分だけが残った。
 大学に入り、死や感覚の問題、その他の私が感じた多くの疑問は、脳の機能が完全に明らかになれば解決すると確信し、神経科学者になることを決めた。しかし、私が考えていたような問題は、話には出てくるものの、実際そういう研究をしている人は周りにいないことがすぐに明らかになった。アメリカの大学院に留学することを考え、海外の論文を読んでいくうちに、当時「科学的に意識を研究する国際学会」というものが創設されたばかりであったことを知った。その学会に参加してみると、私が昔から思っていた疑問を真剣に研究する哲学者・心理学者・神経科学者に数多く出会った。それ以来、意識の学会に私は深く関わり、今に至るまで神経科学の観点から意識の研究を続けている。
 意識の研究は「意識」の定義が人によって異なり、だから科学的な研究ができない、と言われることがある。しかし、それはおそらく勘違いだろう。「意識のレベル」は、朝起きてから夜眠るまで高く、夢を見ていない間は低くなり、脳障害・麻酔などによっても低下する。ある一定の意識レベルがある時には、「意識の中身」は感覚・思考・感情・言語などによって成り立っており、意識にのぼるものは私たちが経験するものだ。意識とは、それ以上でもそれ以下でもない。意識の神経科学は、どのような神経メカニズムが意識レベルを調節し、どのような神経活動が意識にのぼって、残りが意識にのぼらないのかを明らかにしようとするものだ。バラエティに富んだ実験心理学の手法が、様々な神経活動記録法と組み合わされて、非常に膨大な知見が、特にこの25年の間に積み上げられてきた。
    私自身、片目に直接見せている刺激を、長い時間、かつ安定的に意識にのぼらせないという手法(CFS、連続フラッシュ抑制)という手法を開発し、意識と無意識の研究に貢献してきた。また、普段の会話では、意識とほぼ同意義に使われている「注意」が、異なる神経メカニズムに支えられており、時には反対の作用を及ぼすことも示す、という研究にも貢献してきた。
 ここ10年間の研究で、注意だけでなく、作業記憶、感情、自意識など、それまで直感的に意識と関係がありそうだと思われていた精神的なプロセスについて、それらがどのように意識と関係があるのか、どのように異なるのかが明らかになってきた。このような大きな進歩があった一方で、小脳や大脳基底核などの一部の脳部位の神経活動は、意識にのぼることがほぼないが、なぜそうなのか、わかっていない。それに比べると、大脳皮質のでの神経活動は意識にのぼってくることが多いが、なぜ視覚皮質の一部の神経活動が青い色、聴覚皮質の一部の活動が心地よいメロディー、などのように特定の意識の中身をもたらすのかもわかっていない。死んで行く時にどのように感じるのかもわからないし、他の動物や虫、コンピューターに意識があるのかもわからない。これらの問題は哲学的には「難しい問題」と呼ばれ、科学的な答えは見つからないのではないか、と考えている人たちもいる。
 私は、これらのいわゆる「難しい問題」に対して、実験と理論の両方からアプローチができると考えている。具体的には、現時点で最も可能性があると考えられている「統合情報理論」という理論を様々なアイデアで実験的に検証していき、理論を洗練させていけば良いと考えている。そのような研究の結果、意識にまつわる難しい問題に対しても、少なくとも道筋が着く程度には、答えがみつかるのではないかと考えている。
 最後に、私が大学院とポスドク時代を過ごしたカリフォルニア工科大学で指導教官をしていただいたクリストフ・コッホ教授、ラルフ・エイドルフス教授、普段の生活を支えてくれている家族、これまでにお世話になった共同研究者・同僚のみなさんに感謝の意を捧げ、決意を新たにしたい。これからも頑張っていきたいと思います!

受賞研究内容を議論する総説(Neuroscience Research掲載)
Tsuchiya, N., Taguchi, S., Saigo, H., 2016. Using category theory to assess the relationship between consciousness and integrated information theory. Neurosci. Res. 107, 1-7.

略歴:
2006年  カリフォルニア工科大学(アメリカ)
       計算と神経システムPhDプログラム PhD取得
2005−2010 カリフォルニア工科大学 ポストドクトラルフェロー
2007−2009 日本学術振興会 海外特別研究員
2009−2010 日本学術振興会 特別研究員
2010−2011 JSTさきがけ「脳情報の解読と制御」専任研究者
2012−現在 モナシュ大学(オーストラリア) 心理科学学科 准教授
2013−(2016) オーストラリア フューチャーフェロー