光の動きを検知する視覚神経回路の機能と発達

光の動きを検知する視覚神経回路の機能と発達

デンマーク・トランスレーショナル神経科学研究所
欧州分子生物学研究所北欧パートナー
オーフス大学
米原 圭祐

2015年の日本神経科学学会奨励賞に選んで頂きまして、選考委員の先生方に大変感謝いたします。この名誉ある賞を頂き大変光栄に思います。これを励みとして今後も一層、神経科学分野の発展に貢献していく心積もりです。この受賞は、これまでご指導いただいた先生方や先輩方、また共同研究を快く引き受けていただいた先生方のお陰です。お世話になりました先生方に心よりの御礼を申し上げます。
子供の頃に生き物を捕まえてきては観察するのが大好きだった私は、生き物の複雑で多様な行動を制御するシステムがどのようにして小さな体の中につまっているのかという素朴な疑問を抱きました。東京大学の獣医学課程に進学した私は西原真杉先生の研究室でラット脳の性分化に関する卒業研究を行いました。ここでは鈴木正寿先生(現・ウィスコンシン大学)や山内啓太郎先生から直接ご指導を頂き、神経科学への興味を確かなものにしました。

大学院の研究を基生研の野田昌晴先生の研究室で開始し、受賞対象となった研究を始めました。野田先生には研究者としてあるべき心構えや経験知などを惜しげもなく授けて頂き感謝しております。新谷隆史先生や作田拓先生には昼夜を問わず直接のご指導を頂きました。当初行っていた実験で思うようなデータが出ずにいましたが、他の目的で解析していたGFPノックインマウスの網膜においてGFP陽性細胞がモザイク状に分布していること、またGFP陽性軸索が視運動性眼球運動を司る中脳の神経核に特異的に投射していることに気がつきました。これらの形態学的データはGFP陽性細胞が光の動きの方向を検出する方向選択性細胞であることを示唆していました (PLoS One, 2008)。理研BSIの臼井支朗先生(現・豊橋技術科学大学)、石金浩史先生(現・専修大学)、Nilton Liuji Kamijiさん(現・豊橋技術科学大学)らに光応答記録を行ってもらい、GFP陽性細胞が上方向の光の動きに反応する方向選択性細胞であることが明らかになりました(PLoS One, 2009)。網膜細胞タイプにこれほど特異的な遺伝子発現はそれまで知られていませんでした。かねてから野田先生には、人生にはチャンスの女神が3回訪れるが女神に後ろ髪は生えていないので、訪れた瞬間に前髪を捕まえないといけないと教えられていたので、このチャンスを逃がしてはいけないと思い、本細胞タイプの回路研究に暫く全力を尽くす決意をしました。

自分の手で光応答を記録できるようになりたいと考えていた私は、GFPマウスと伴にバーゼルのフリードリッヒ・ミーシャー生物医学研究所のBotond Roska先生の研究室の門をくぐります。Roska研での一つ目の仕事では、GFPマウスを用いて方向選択性細胞への入力回路が発達期のいつ、どのようにして形成されるのかを光遺伝学と電気生理学的手法を組み合わせた回路マッピング法により明らかにしました。方向選択性細胞の鍵となる回路はスターバーストアマクリン細胞からの空間的に非対称的な抑制性入力ですが、この抑制性入力が生後6日目までは対称的であるが、生後8日目までの間に急速に非対称的な入力へとスイッチングすることを突き止めました(Nature, 2011)。我々の結果は、この回路発達は視覚経験に依存しない分子機構により制御されていることを示唆します。

Roska研での二つ目の仕事では、ポスドクのKarl Farrowさん(現・ルーヴェン・カトリック大学)とのチームワークにより、方向選択性が網膜神経回路のどの部位で初めて生じるかを明らかにしました。カルシウムレポーターを発現する狂犬病ウイルスをコンツェルマン博士(ミュンヘン大学)と作成し、トランスシナプス標識法を方向選択性細胞からスタートさせることによりその前シナプス細胞群を標識しました。次に二光子イメージングにより標識されたプレ・ポストのシナプス群の光応答を同時イメージングすることに成功しました。方向選択性が初めて生じる回路部位は、それまで想定されていた双極細胞軸索末端ではなく、方向選択性細胞の樹状突起であることを明らかにしました(Neuron, 2013)。

今年の2月からデンマークの欧州分子生物学研究所(EMBL)パートナー研究所にて独立して研究を開始しております。独立に際して幸いにも欧州研究会議(ERC)からスタートアップグラントを頂くこともできました。今後は受賞対象の仕事の次の課題である、神経結合に空間非対称性を生じさせる分子機構や、新規の課題として視覚中枢に存在する非対称神経回路の動作機構や行動制御における役割などを研究することで、子供の頃からの素朴な疑問を追求していきたいと思います。最後になりますが、これまで私の研究生活を支えてくれました家族に心からの感謝の意を表します。

略歴
2003年 東京大学農学部 獣医学課程 卒業
2008年 総合研究大学院大学 基礎生物学専攻 終了(理学博士)
2008年 基礎生物学研究所 博士研究員
2009年 フリードリッヒ・ミーシャー生物医学研究所 博士研究員 (EMBO長期フェローシップ、
日本学術振興会 海外特別研究員)
2015年 デンマーク・トランスレーショナル神経科学研究所 グループリーダー/准教授 (ERCス
ターティング研究者)


写真説明
研究室のメンバーとともに。左が筆者。2015年5月撮影。