「遺伝学的及び光学的手法による脳内神経活動の可視化と機能解析への応用」

ハワードヒューズ医学研究所ジャネリア研究所
川島 尚之

  このたびは日本神経科学学会奨励賞を頂き大変光栄に存じます。これまでにご指導をいただいた先生方、共同研究者の先生方、および選考委員の先生方に感謝申し上げます。

  私は現在の神経科学の研究をするまでに2つの転機がありました。最初の転機は高校時代です。私は林直人先生という素晴らしい化学の先生に出会い、授業で分からなかったことを放課後に実験するなどして、実験で物事を明らかにする魅力に取りつかれました。次の転機は大学院時代です。私はその時すでに分子神経科学の研究をしていたのですが、ある時たまたまClaude Shannonが情報理論を創始した論文を読む機会があり、自分の中の「科学」の定義が完全に変わるほどの衝撃を受けました。曖昧模糊とした事象を、その裏にある原理を見つけ出すことで定量的な科学にする。書いてみると当たり前のことに見えますが、実際に実行するには大変な勇気と辛抱強い論理的思考が必要なことです。Shannonの論文を読んだ後、脳の中で起こっている事象を解明したいという思いがより強くなり、現在に至ります。

  私の研究歴は医学部3年生の時に 尾藤晴彦先生(現 東京大学 教授)の門を叩いたところから始まりました。尾藤先生、及び奥野浩行先生(現 京都大学 特定准教授)は放課後しか来ない医学生に対しても常に真剣な議論をして下さり、科学者としての基本的な思考法を勉強させて頂きました。プロジェクトとしては、神経活動により発現が誘導される遺伝子Arcの転写制御機構の解明に取り組みました。比較ゲノム解析でエンハンサーの候補を絞り込み、培養神経細胞でのテストを繰り返すことで、100塩基の短いエンハンサーが Arcの発現を制御することを発見しました。このエンハンサーはSARE(Synaptic Activity-Responsive element)と名付けられました。このSAREは3種類の転写因子が結合する単純な形をしており、現在でも神経細胞内の転写制御の重要なモデルとして国内外の複数のラボにより解析、応用が進められています。
  大学院に進学した後は、引き続き尾藤先生と奥野先生のご指導のもと、生きた動物の脳内で活性化された細胞を遺伝子工学により標識する研究に取り組みました。まず、配列の最適化によりSAREの転写活性を大幅に強化したE-SAREプロモーターを開発しました。このE-SAREを動物の脳内で使用するために、 当時九州大学に着任されたばかりである大木研一先生(現 東京大学 教授)の研究室を訪問させて頂きました。大木先生は大脳皮質の神経細胞の活動を2光子顕微鏡により観察する技術を開発された方で、最初期の研究室メンバーとして密なご指導をいただきました。その結果、マウスの大脳皮質においてE-SAREによる遺伝子発現が神経活動と単一細胞レベルで相関していることを証明し、さらには外側膝状体から大脳皮質視覚野に伸びる軸索を神経活動依存的に標識する技術を開発することが出来ました。
  大学院を卒業した後は、上に書いたような動機もあり、脳内の計算機構を解明すべく、ハワードヒューズ医学研究所ジャネリア研究所のMisha Ahrens博士の研究室に留学しました。Ahrens博士はライトシート顕微鏡を用いて行動中のゼブラフィッシュの全脳にわたる約10万個の細胞から神経活動を記録する技術を開発された方です。Ahrens博士の研究室では、実験系は全て自分で組むべきという方針があり、顕微鏡作りから動物の行動デザイン、データ解析まで幅広い分野を勉強させていただいています。プロジェクトとしてはゼブラフィッシュの運動学習機構の解析に取り組み、脊椎動物で保存されているセロトニン系回路が重要な役割を果たしていること、またその内部の計算機構が哺乳類のセロトニン系回路と共通したものであることを証明しました。

  振り返って見ると、私はキャリアの様々な段階で熱意のある先生方との出会いに恵まれ、大きく成長することが出来ました。上記以外にも、今吉格先生(現 京都大学 特定准教授)や喜多村和郎先生(現 山梨大学 教授)などの共同研究者と一緒にお仕事をさせて頂く機会にも恵まれました。このことに本当に感謝申し上げたいと思います。脳の大規模イメージングにはまだまだ多様な可能性があり、私はこれからも神経細胞の発火活動や分子の動きを観察することで、脳機能を司る未知の原理を明らかにしていきたいと考えています。

受賞研究内容を議論する総説(Neuroscience Research掲載)
Kawashima, T., 2017. The role of the serotonergic system in motor control. Neurosci. Res. 129, 32-39

略歴
2009年 東京大学 医学部医学科 卒業
2009年 東京大学大学院 医学研究科 博士課程
2011年 九州大学医学研究院 訪問研究員
2013年 東京大学大学院 医学研究科 博士課程 修了
2013年 ハワードヒューズ医学研究所 ジャネリア研究所 研究員

筆者近影