【神経科学トピックス】
他者の報酬が気になる神経機構
-主観的報酬価値判断を生み出す回路-

生理学研究所 システム脳科学研究領域
認知行動発達機構研究部門 磯田研究室
助教 氏名 則武 厚

他者が得る報酬によって自分の報酬の価値が影響を受けるかどうかについて調べました。他者と自分の報酬情報が大脳新皮質の前頭野から中脳ドーパミン細胞に送られます。そして中脳ドーパミン細胞では他者の報酬情報に影響された自分の報酬価値、すなわち主観的報酬価値が表現されていました。

自分が得るものだけではなく、他者の得るものが気になってしまう。その神経機構を調べるため、本研究では2頭のサルを同時に用いた新たな実験系を構築し(図A)、自分の報酬や学習に関与するとされる中脳ドーパミン細胞と、それと密な解剖学的結合を持ち社会的な情報の処理に関わるとされる前頭葉の前頭前野に着目し、神経活動を記録しました。
 実験では、向かい合わせに座らせたサルに何種類かの図形を見せ、図形ごとに自分と相手に報酬が与えられる確率を変え報酬情報を操作しました。その結果、相手の受ける報酬の確率が一定である状況では、自分が報酬を受ける確率が高まるほど報酬に対する期待行動が増えました。しかし自分の受ける報酬の確率が一定である状況では、相手の報酬確率が高まるほど自分の報酬に対する期待行動が減少しました。これは、自分が得る報酬の情報のみに着目しているのではなく、サルも人間と同様に、他者が得る報酬の情報に影響された自己の報酬価値(主観的価値)判断をしていることを意味します。
 この時の2つの脳部位の神経活動を計測したところ、①内側前頭前野においては自分と他者の報酬確率が異なる神経細胞群で表現されていました。これらの情報が②中脳ドーパミン細胞へと流れ、③ドーパミン細胞では、期待行動と同じように自分が報酬を受ける確率が高まるほど、相手が報酬を受ける確率が低くなるほど、その活動が高まることが明らかとなりました(図B)。興味深いことに、④目の前の相手を物体(バケツ)に置き換えたり(図A)、相手がいても報酬を受け取れなくすると、期待行動や神経活動においてこのような主観的価値の違いは生じなくなりました。
 これらの結果から、内側前頭前野で処理された自分と他者の報酬情報が中脳のドーパミン細胞へと送られて統合され、自分の報酬に対する主観的価値が計算されたと考えられます。
 本研究により、自分と他者の報酬情報処理における中脳ドーパミン細胞と内側前頭前野細胞の役割、そして、その神経機構の一端が解明されました。これらの成果は、ヒトを含む霊長類動物において、主観的価値判断のメカニズムを神経ネットワークの観点から解明していく上で大きな足がかりとなります。さらに、パーキンソン病のような中脳ドーパミン細胞の信号やその伝達の減弱が1つの原因と考えられている疾患の社会的な認知障害の発現機構の解明につながると期待されます 。

Social reward monitoring and valuation in the macaque brain 
Atsushi Noritake, Taihei Ninomiya, and Masaki Isoda
Nat Neurosci. 2018 Oct;21(10):1452-1462.

<図の説明>
(A) サル2頭を用いた本実験系の概念図。この実験系では、相手か自分のどちらかしか報酬が得られない。自分の報酬価値は相手サルの報酬情報によって影響を受ける(左図の状況)が、相手サルの代わりに物体(右図の状況)に置き換えたり、相手がいても報酬を受け取れないような状況を作り出すと、自分の得る報酬の価値は影響を受けない。(B) サル内側前頭前野細胞と中脳ドーパミン細胞における自分と相手の報酬情報表現と神経情報の流れ。 脳の模式図は内側面を示している。

<研究者の声>
本研究は、関西医科大学と現所属の生理学研究所で行われました。ノーベル賞を受賞された本庶先生が「知りたいことを問いながら研究」とおっしゃっていましたが、本当に自分が知りたいことを知ることができた研究でした。日々のデータを解析して結果を検討し、課題を練り直して様々な解釈の可能性をつぶしていく・・・勿論大変でしたが、その過程はエキサイティングで、機器のセットアップやトラブルといった苦労を含め、研究の醍醐味を味わうことできました。今回研究成果として発表することができたのは、共著者の先生方をはじめ、ご支援を頂いた先生方・スタッフのおかげに他なりません。心より感謝いたします。

<略歴>
2005年 関西学院大学文学研究科 (八木研究室) 博士課程修了、博士 (心理学)。日本学術振興会特別研究員DC2・PD。同年、玉川大学脳科学研究所(坂上研究室) 研究員。2009年より関西医科大学生理学第二教室(中村研究室)助教。2016年より生理学研究所認知行動発達機構研究部門(磯田研究室)助教。