【神経科学トピックス】
視覚機能をささえる神経伝達場の構築・維持機構の発見

山梨大学・医学部・生化学講座第一教室
講師 萩原 明

網膜・視細胞のシナプス形成や局在に重要なタンパク質を消失させると、視覚機能が著しく低下することを発見しました。さらにこのタンパク質は視細胞の生存にも関与することがわかり、本成果は網膜変性疾患の発症メカニズムや治療法への応用に貢献することが期待されます。

 脳の様々な機能をつかさどる神経細胞は他の神経細胞と互いに結合し、情報伝達の場であるシナプスを形成します。シナプスでは、シナプス前細胞(情報を送る側の細胞)から神経伝達物質が放出されると、シナプス後細胞(情報を受け取る側の細胞)に発現する受容体に結合し、神経情報を伝達します。感覚情報の一つである視覚では、網膜においてまず視細胞が光の情報を神経情報へと変換し、その神経情報が双極細胞や水平細胞の修飾を経て、神経節細胞の軸索(視神経)によって脳へと伝達されます。視細胞は、光情報を双極細胞へ効率よく伝達するためにリボンシナプスと呼ばれる特殊なシナプス構造を有しています。そこで本研究では、リボンシナプスの形成や放出を調節するタンパク質によって、視覚機能が調節される機構の解析を行いました。具体的には、リボンシナプスに局在し、放出の頻度や量を調節すると考えられているCASTとELKSという2つのタンパク質に着目し、遺伝子操作によりこれらタンパク質を網膜で欠損させたマウスを作製しました。その結果、CAST/ELKS欠損マウスは視覚機能が大幅に低下していました。

 このマウスの網膜において、シナプスの局在を観察したところ、CAST/ELKS欠損マウスでは通常あるべきではない領域にシナプスが形成され (異所性のシナプス局在、図B参照)、その局在が週齢に伴って大幅に増加することが見出されました。このような異所性のシナプス局在は、暗いところで目が見えにくい夜盲症のモデルマウスをはじめ、様々な視覚機能疾患マウスでも共通してみられる症状として知られており、今回我々が作製したマウスも夜盲症のメカニズム解明に将来貢献することが期待されます。

 また、我々は久留米大学・医学部との共同研究により、最新の電子顕微鏡技術として収束イオンビーム・走査型電子顕微鏡法(FIB-SEM法)を用い、視細胞リボンシナプス・双極細胞・水平細胞による三つ組構造(図C-D参照)の3次元立体再構築に成功しました。その結果、CAST/ELKS欠損マウスでは水平細胞の構造異常やリボンシナプスの大幅なサイズ低下を認め、シナプスの形成異常が視覚機能の低下に深く関与していることが示唆されました。

 さらに本研究では、成熟した網膜において後天的にELKSを欠損させることにも成功しました。すなわち、正常に構築され機能していた網膜において、視細胞のELKSがなくなると、視細胞が変性・消失するとともに、リボンシナプスも減少することを見出しました。このように光センサーとして働く視細胞の消失は、失明や重症な視力障害を引き起こす網膜変性疾患の症状と酷似しており、本成果は視覚障害発症のメカニズム解明や治療法確立に向けた一条の光となることが期待されます。

論文情報
Cytomatrix proteins CAST and ELKS regulate retinal photoreceptor development and maintenance
Akari Hagiwara, Yosuke Kitahara, Chad Paul Grabner, Christian Vogl, Manabu Abe, Ryo Kitta, Keisuke Ohta, Keiichiro Nakamura, Kenji Sakimura, Tobias Moser, Akinori Nishi, and Toshihisa Ohtsuka. Journal of Cell Biology, 2018, vol. 217 no. 11, 3993-4006

<図の説明>
(A)網膜の層構造及び構成する神経細胞の種類
(B)リボンシナプスの免疫染色画像。CAST/ELKSを欠損させた網膜では、緑色のシグナル(リボンシナプス)が視細胞層に異所性に局在している様子が観察された(矢印)。
(C)収束イオンビーム・走査型電子顕微鏡(FIB-SEM)から構築した、視細胞リボンシナプス–双極細胞—水平細胞の三つ組構造。
(D) 三つ組構造の模式図。野生型ではリボンシナプスが2本の水平細胞に挟みこまれる構造をしているが、CAST/ELKS欠損では、リボンシナプスのサイズが顕著に小さくなり、また水平細胞も1本が途中で分岐することで挟み込むような構造をしていた。これら、シナプス構造の異常や異所性シナプスの増加に伴い、視覚機能の著しい低下が起きていた。

<研究者の声>
2010年、山梨で大塚先生と共に研究室の創生期を歩み始めた頃から作製していたマウスの解析がようやく実を結びました。本研究はこれまで培ってきた形態学的な方法を主軸とし、さらに初めての取り組みとしてFIB-SEM電子顕微鏡法を行いました。当時、参加した神経科学学会でFIB-SEMの情報収集に励んでおり、久留米大学の西先生達のポスターに目星をつけていた、まさにその日、お昼を一緒していた友人から、偶然近くの席にいらした西先生を紹介していただくという幸運に巡り合いました。本プロジェクトでは、山梨大学や久留米大学の先生方をはじめ、多くの共同研究者の方々に支えられながら成果報告を完了させ、また現在はさらにその先へと取り組むことができ、大変感謝しています。

<略歴>
1999年 慶應義塾大学卒
2004年 総合研究大学院大学 生理学研究所 後期博士課程修了(理学博士)
2004年 自然科学研究機構 生理学研究所 非常勤研究員
2005年 京都大学大学院 先端領域融合医学研究機構 科学技術振興助手
2007年 ハーバード大学 分子細胞生物学部 Postdoc研究員
2010年 山梨大学医学部 生化学講座第一教室 助教
2015年 山梨大学医学域 生化学講座第一教室 講師